2013年5月28日火曜日

GPSの異常値、外れ値

 セイリングのGPSログはEveryTrail on iPhoneで記録しているのだが、時折、とんでもない異常値が発生する。時速百キロ越えって何?
 原因のひとつはわかっていて沈だ。
 おそらくGPSの電波を再受信したとき、現在位置を求め直していったんデフォルトのポイントが記録されるのだろう。実際、EveryTrailを起動したとき、本栖湖の中央あたりにいったんポイントが位置づけられて現在位置へポイントが移動してくる。
 なのでこれはまぁ、しかたない。
 ぼくが沈しないなんてありえないからだ。

 もうひとつはずっと異常値なのか、確信がなかった。しかし、時折、時速50kmごえが記録されることがあってほんとうに50km/hごえなのか? と。
 vikingでひとつずつtrackpointをたどってみて(「Go to Maxmum Speed」というコマンドがあって最高速のtrackpointへ飛ぶことができる)、なんとなく原因がわかった。丸め問題らしい。下記にあるように57.29km/hを記録した瞬間のTime Diffrenceが1秒になっている。その次のtrackpointは2秒だ。
 ということはだ。
 本来は2秒近いのに、秒に丸めるときに1秒になって速度が計算されたのではないか。

 これについてはどう対応すれば、いいのか、わからなかった。異常値っぽい最高速をひとつひとつ手作業で削除するなんてたるい。対応方法に気づいたのはこのあいだのことだ。
 EveryTrailのtrackpintを取得する間隔を大きめにすれば、よいのではないか。
 元々、ジャイブ中のtrackpointもとりたかったので狭い間隔に設定していた。だから1秒のちがいが大きくなっているのだろう。それなら間隔を広めにすれば、いいのではないか、と。
 そうやってmidaさんの航跡とか、見直してみると、trackpointの間隔はぼくの設定より広いような気がする(とくにジャイブ時、pointがひとつしかないところをみると)。

 今度、試してみることにしよう。

2013年5月27日月曜日

ミレニアム

ニールス・アルデン・オフレヴ監督「ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女」
ダニエル・アルフレッドソン監督「ミレニアム2 火と戯れる女」
ダニエル・アルフレッドソン監督「ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士」

 2000年と何か関係があるのか、と思ったけれど、関係なかった。たぶん。もちろん平野耕太「HELLSING」とも :-p。
 最近はすっかり年寄りで映画を観るのが苦痛でしかたがないのだが、そんな根性なしにも投げ出さずに観通すことができた。
 1は普通におもしろく、2も同じく。
 3は1、2の伏線が回収されてむちゃくちゃ、おもしろかった。

 それにしても「名探偵カッレくん」って……。
 いやぁ、小学五年のとき、はまったわー。あれってスェーデンの児童ミステリだったんだ。

2013年5月23日木曜日

2013年5月22日(水):本栖湖FUNビーチ:晴れ


時刻帆走時間帆走距離最高速平均時速
11:42-11:5916分2.07km47.697.64
12:00-12:3534分5.68km45.399.74
12:54-13:1016分1.04km29.543.74
13:34-14:1843分9.22km43.8912.77
14:36-15:1538分8.97km46.5713.91
16:21-17:0140分3.90km43.555.82

 予兆はあった、というべきか、ただの愚か者だったというべきか。
 ジョイントはファイバースパーとチノックの二個、持っているのだが、だいぶん痛んできているファイバースパーを今日は使うことにした。軸の金属部分がちょっと浮いてきていて折れそうな予感が以前からしていたのだ。どうせ壊れるなら海ではなく、本栖湖の方が安全だろう。それでフラグが立ったのかもしれない。
 アウトでジョイントが壊れた。
 しかも軸ではなく、ラバーとカップをつなぐ、ネジが折れ、ジョイントが壊れた場合、一時的にセイルとボードをつなぐシートまで切れた。セイルとボードがバラバラになる。13:01のことである(GPS調べ)。セイラー、つまりおれはセイルとともにある。ボードは風下へ流れていく。
 やばい。
 一瞬で判断してセイルをはなし、ボードを泳いで追いかけた。ひさびさに死ぬか、と思ったが、それはあまかった。なんとか、ボードに追いつき、セイルのところまでボードを引いて泳ぎつく。さてどうしようか。通りすがりのフリースタイラーが声をかけてくれた。言葉に甘えてセイルとハーネス(合計二往復してもらった)を浜まで引いていってもらった。

 その節はどうもありがとうございました。ココナッツボーイのロゴをつけた方。<(_ _)>ペコッ

 そのあとはボードとともに浜まで泳いだ。ボードの上に乗ってパドリングしていたのだが、ひとつ左肩が五十肩でうまく回らない。ふたつ、けっこう風が吹いていて横波(小さいのだが)の影響ですぐにひっくり返されてしまう(海の方がましだったかも、とまじで思った)。おかげでたっぷりと本栖湖の水を飲むはめになった。
 それはあとに影響した。
 便意である。

 ジョイントを交換してからも風はぶんぶん、吹いていた。かなりガスティだったが。5.7なのにオーバーセイルで5.3にセイルをかえようか、と思ったほど。スラローマーが裏風をくらって激沈するぐらいだった。
 一時間ほどセイリングしたが、腹具合が微妙な感じだ。
 我慢できそうな、急にやばくなりそうな。
 15:15にいったんあがり、セミドライを脱ぎ、服に着替えてトイレへ行った。風は十分、吹いている。一番、おいしい時間かもしれない。トイレに向かいながら腹が落ち着いていたこともあって——後悔していた。
 きっとおれのことだ。濡れたセミドライを着なおすなんてことはしないにちがいない。ああ。
 ところがFUNビーチにもどったところ、風はさらに安定して吹いているように見えた。めずらしく、迷うことなく、セミドライを着て湖にでた。
 トイレに行ってよかったと思ったのはそのあとのことだ。
 アウトで完全に風がなくなった。セイルアップもできなかった。タイミング悪すぎだろっ、自分。本日、二度目の漂流かっ。三十分ほど、ただよっていたような気がしたが、実際には十分ぐらいだったらしい(16:33-16:42)。調べてみると、86mも風下に流されていた。
 ふたたび、はいりはじめたブローに助けられ、ビーチにもどった。

 片付けをしているとき、フリースタイラーがボードを片手で持つのを見たのだが、なんと前ストラップをつかんで簡単に抱えていた。何を驚いたか、って前ストラップしかもってなかった——つまりボードの重心がそのあたりにあるということだ。
 道理で、と思った。
 フリースタイルでボードがくるくる回るわけだ……。

20130522 本栖湖 at EveryTrail

2013年5月17日金曜日

そういえば

 そういえば、昔、猪苗代湖で迷子になったことがある。
 道に迷ったわけではない——ウィンドサーフィンで猪苗代湖に出て友だちと追いかけっこをするようにして湖の中央あたりまで行ったら出艇した浜がわからなくなってしまったのだ。結局、友だちもわからなくなっていたのだが、彼は無事、帰りつき、ぼくは全然、ちがう浜に帰着した。ウィンドをやっている人がいてそちらへ行ってしまったのだ。猪苗代湖の広さを本栖湖ぐらい、と甘く見た失敗だった。
 今なら無事に帰りつけるだろう。
 経験を積んだからというわけじゃない。
 今はiPhoneを身につけてEveryTrailというGPSログアプリを動かしてセイリングしているからだ。湖の真ん中で迷子になってもiPhone上で現在地を確認できる。もちろんマップは3G回線か、WiFiにつながってなければ、表示されないが、航跡は——白地に赤ラインで見ることができる。
 それで出艇した場所までもどることはできるだろう。


こんな感じ↓

2013年5月16日木曜日

2013年5月15日(水):本栖湖FUNビーチ:晴れ


* Sail:CORE 5.3(NEIL PRYDE) Board:NG ACP 260

 下界——湘南あたりでも吹きそうな、日本海に低気圧がある予想天気図だった。そこで本栖湖へ行くことにした。湘南ちゃうやんっ、というツッコミは正しい。でもね。鎌倉や逗子より本栖湖の方が行きやすいのだよね。倍ぐらい遠いにもかかわらず。前夜道の駅車中泊という技が使えるから。
 前回の本栖湖行き以来、体調を崩して咳と痰がやまなかった。ようやくそれがおさまった五月——本栖湖湖畔もずいぶんと緑が濃くなっていた。FUNビーチに到着すると、風はもうはいりはじめていた。すでに普段とはちがう雰囲気の風。ババ吹きの予感がする。あー、5.3を張らなきゃ、いけないなー。ブームのアジャスターが壊れているので前回とちがうサイズのセイルを張るのは面倒臭い。
 5.3+260で湖面へ出艇した。5.3でもオーバーセイルだった。EveryTrailをスタートするのを忘れていたのですぐにビーチにもどって記録開始。EvryTrailによると、最初の一本は19分間であった。あれ、30分ぐらい乗っていたと思っていたんだけど。
 最高速は38.85km/h。アベレージ、17.94km/h。(一本目)
 今回はGPSの取得間隔を長めに設定してみたので航跡が荒い。おかげでジャイブの軌跡がほとんど、わからない。まぁ、ジャイブはぼろぼろだったのでいいのかもしれないが……。今日、来てた人の中で一番へたくそだったからなぁ……。まぁ、たいがいそうなんだが。でも取得間隔はもうすこし狭めてもいいかもしれない。ちなみに外れ値はvikingをつかって手作業で除去した。

時刻帆走時間帆走距離最高速平均時速
11:33-11:5319分5.80km38.8517.94
12:04-12:084分1.27km36.9016.44
12:15-12:3318分5.39km38.9317.74
12:50-13:1525分5.39km35.7512.83
13:24-13:4217分4.09km39.9113.88
14:15-14:238分1.76km32.6512.47

 上記、データの通り、午後から平均時速が落ちこんでいるのはアウトで沈ばかりしていたことと、風が強すぎて風を逃しながら乗っていたから——おかげでちっとも楽しくなかった。スタボーはそういう乗り方になれているんだけど、ポートはうまくなくてずっと死ぬっ、大怪我するっ、と思っていた。カミソリのエッジの上でバランスをとっているような気分だった。ま、たんにへたくそなだけだが。何度も板がオーバーフローティングの状態になったし、フィンも抜けた。風を抜くと、逆に板が舞い上がりそうになるんだよねー。
 恐怖であった。
 そんな中で最高速を記録したのは風を抜きながら乗るストレスに切れて死んだ気になって(一瞬だけ)セイルをがっちりに引きこんで乗ったからだ。それでも40km/hはこえれなかったが……。
 そして、最後の一本はほとんど、フィンが抜けっぱなしだった。ルーズな乗り方のスタボーですらフィンが抜けた。それで頭にきて——セイルを4.7に交換した。
 するとどうだ。
 風がなくなってしまった。
 いや、それは正確ないいかたじゃない。アウトは真っ白で強烈なブローが通り抜けていた。ところがビーチぎわは無風。湖面がツーフェイス状態になってしまった。不安定な風の中——もしかしたら4時ぐらいからあらためて吹きはじめるパターンか、と思って待つ。しかし、4時になって吹きはじめた風は4.7で乗れる風ではなかった。
 FUNビーチにきていたセイラーもみんな、引き上げてしまった。
 さすがに5.7にセイルを張りなおす気力はなく、あがってしまったが、帰りにドラゴンビーチを見ると、5艇ほどのウィンドがでていて楽しそうに走り回っていた。
 くそっ。

2013年05月15日 本栖湖 at EveryTrail

2013年4月30日火曜日

2013年4月23日(火):本栖湖FUNビーチ:曇り


* Sail:CORE 5.7(NEIL PRYDE) Board:NG ACP 260

 びびったのは真夜中、道志街道を山中湖へあがる路肩に雪の塊が転がっていたことだ。バレーボールぐらいの大きさでいくつも——たぶん除雪してのものなのだろう。それにしても先週、通ったときには見なかった。何日か前に寒気が来ていたけれど、まさか、雪が積もるほどだったとは。そのせいか、道中、鹿が何頭も道路脇にでてきていた。
 さらにびびったことに外気温は-1℃。
 道の駅で一泊して翌日、本栖湖ファンビーチへ。
 湖畔にはだれもいなかった。
 いつもなら常連さんがひとりはいるのだが。曇っていることもあって気温も低く、気持ちが一気に萎えた。それでもわりとすぐに他の人がやってきた。風は入りはじめたというところだった。セッティングして正午すぎに出艇。風は夏場のサーマルウィンドによく似ていた。単発のブローに、風がなくなると、風向きが30度ぐらいかわる。
 ちがうのは水がやたらと冷たいことだ。二度ほど足がつりそうになり、ビーチ際で腰まで水につかると、鼠蹊部が痛くなるほどだった。たぶん睾丸が体内に縮まるためだろう。
 結局、前回よりはがんばったが、三時に寒さに根をあげ、あがる。二本ほどスタボーからのジャイブで気持ちいいのが、あった。セイル返しでおたおたしてしまったが。
 最高速、smooth()で丸めて42.23862km/h。


20130423本栖湖 at EveryTrail

2013年4月21日日曜日

GPSデータ検証

 ウィンドサーフィンのGPSログはiPhoneのEvryTrailというアプリで記録しているだが、どうもとんでもない外れ値があらわれる。たとえば、このあいだの最初の1本――4分ほどのセイリングの最高速は108.2km/hである。世界記録すら超えている。おれってすごい。でもどうみても誤りだな。
 VikingというGPS data editor and analyzerソフトで見てみると、見事にスパイクのように飛び出しているところが何ヶ所もある。

 EvryTrailはクラウド側にデータをあげてウェブ上で表示、編集ができるのだけれど、GPX形式、Google Earth形式でもエクスポートできる。ただGPXのデータを見ても時間と位置情報と高さしか入っていなかった。たしかにそこから速度は求められるだろうけど。うーむ。
 いろいろ探して試してみたところ、gpsbabelでspeedをGPXに追加できることがわかった。

gpsbabel -i gpx -f input.gpx -x track,speed -o gpx -F output.gpx

 で、GPXはXMLなのでspeedのデータをひっこ抜いてRでグラフにしたものが下図。speedのデータはどうも「m/s」だったので時速になおしている。時間軸にしてないのでまぁ、ちょっと幅がVikingのグラフとちがうが同じような形をしている。

 さらにRのsmooth関数をつかって丸めてみたのが、次。

 うーん、たぶんこれが実際に近いな。最高速は33.87106km/h。端数に意味はない。
 ちなみに今までのGPSデータを読み込ませたら次のようになった(笑)。

2013年4月17日水曜日

2013年4月16日(火):本栖湖FUNビーチ:晴れ



* Sail:CORE 5.3(NEIL PRYDE) Board:NG ACP 260

 昨年の秋口ぐらいから左肩が上がらなくなってしまった。五十肩である。腕組みもできないほどで、Tシャツを脱ぐこともままならなかった。こりゃあ、ウィンド人生もついにリタイヤか――そう思っていたのだが、あたたかくなってきたらだいぶん可動するようになった。まだ、かなり不自由だが。
 問題はウォータースタートできるかということだ。
 試してみなければ、ならない。
 さいわい16日には高気圧が張り出し、本栖湖はまちがいなく吹く。今年初のウィンドだが、吹くといいな。吹いてくれよ――と思っていたら吹きすぎた。
 到着した本栖湖の湖面は真っ白だった。
 その上、水温は低く足をつけた瞬間、もう耐え切れるものではなかった。去年までは耐え切れたのに。気力体力知力視力が落ちているだけのことはある。セミドライも名ばかりの状態だ。保温力はほとんどウェットスーツ並。
 沈するとあまりの冷温に血管が縮むのか、血圧があがり、心臓がバクついた。
 こりゃあ、いつか、心臓麻痺を起こすな。
 風はアウトでは5.3でも完全にオーバーだった。
 水が暖かいのならもうすこし、乗る気になるのだが――両足の筋肉が寒さのあまり痙攣しはじめた。しかもインまで完全にオーバーになってしまった。フィンまで抜けてすっ飛ぶ。気力は完全に潰えてしまった。体力的にはあと一時間ぐらい乗れるような気がしなくもなかったが。
 いちおうウォータースタートできることは確認できた。
 ところがセミドライを脱ぐことが結構、高い壁だった。このまま、セミドライ姿で帰るしか、ないか、とあきらめかけたぞ、まったく。

2013年4月16日本栖湖 at EveryTrail
 それにしてもGPSの記録で100km/hオーバーになっているのは何だ。60km/hもちらほら。いくらオーバーブローの世界だったとはいえ、ありえないだろう。――やはりiPhoneのGPSだとだめかもしれない。ジャイロセンサーが内蔵されているので、そのせいかもしれない。やはりガーミンを買うべきかなぁ。


 後日、「WindGPSrepo」という、ウインドサーフィンのGPSログ解析を見つけたのでそれで解析してみると、最高速は45.2km/hでこれは妥当。どうやらGPSのログがおかしいのではなくて、EveryTrailの解析側がおかしいのかもしれない。いやぁ、でもこの解析ソフトいいわー。ジャイブとか、解析できる。


 追記:どうも100km/hオーバーのデータはやはり存在するらしい。vikingというソフトをつかってみたところ。WindGPSrepoが丸め処理をしてくれてたのかなぁ。

2013年4月15日月曜日

S・S・ヴァン・ダイン「ベンスン殺人事件」


ベンスン殺人事件 (S・S・ヴァン・ダイン全集1) (創元推理文庫)

 再読である。
 中学のとき以来の——もう40年も前のことだ。いつか再読したいとは思っていたのだが、実家に置いてあった本は処分されてしまった。もうほとんど忘れられてしまった作家になっていたこともあって読めることはないかもしれないなぁ、と半分はあきらめていた。全然、おもしろくなかったらどうしようとも。
 何しろ、中身は何も覚えていない。ただ、ひたすらはまったことだけしか。
 新訳がでたのは幸いだった。

 むっちゃ、おもしれーっ。

 読み終えてしまうのがもったいない、と何度、思ったことか。
 ジョン・ラフリー「別名S・S・ヴァン・ダイン: ファイロ・ヴァンスを創造した男」を読んでいたこともあってファイロ・ヴァンスは作者自身の影がきわめて濃くでているのだなぁ、とは思ったが、そんなこととは関係なく、ファイロ・ヴァンスに痺れてしまった。ああ、そうだよ。40年前の自分もそうだったんだよなぁ。
 当時のぼくはエラリー・クイーンよりもヴァン・ダインの方が全然、おもしろい、と思っていたけれど、それは今もかわらない、ということがはっきり、わかった。ヴァン・ダインの方が好みだった。嗜好がほとんどかわっていない、という事実には苦笑するしかないのだが。
 こりゃあ、最低、「カナリア殺人事件」「グリーン家殺人事件」「僧正殺人事件」を再読するまでは死ねんなぁ。

2013年4月11日木曜日

ジャン=ピエール・ジュネ監督「エイリアン4」

ジャン=ピエール・ジュネ監督「エイリアン4」


 「エイリアン3」があまりにも残念な映画だったので、「エイリアン4」は観る気になれなかった。つい最近まで存在すらすっかり忘れていたほどだ。最近のエイリアンはプレデターと戦っていることだし。あっちの路線にいってしまったのね、と思っていた(どんな路線やねん)。

 ところが観はじめると、ひっくり返ってしまうぐらいむちゃな設定だったにもかかわらず――どうして遺伝子がまざっていたからってエイリアンとリプリーが別々にクローニングできるんだ! しかも再生されたリプリーに寄生しているし――観るのをやめれなかった。

 最後には涙ぐんでしまったほどだった。エイリアンがあまりにもせつなくて。もしかしたらヤノット・シュワルツ監督「燃える昆虫軍団」以来の快作もかもしれない。
 いやぁ、かなり気持ちの悪い傑作だった。

 それにしても「エイリアン」はやはりエイリアン、アンドロイド、シガニー・ウィーバーだよなぁ。

2013年4月7日日曜日

RSSリーダー移行

 とりあえず、Emacsの「newsticker-opml-import」をつかってNewstickerにGoogleリーダーのエクスポートファイルを取り込んだ。
 「newsticker-treeview」で下記のような感じになる。

 フォルダの情報は反映されなかったので、サイトの整理しつつ、手作業。日本語のフォルダ名がtree上からはうまく登録できなかったので、「~/.emacs.d/newsticker/groups」のファイルを直にいじって作成した。
 他のものは「customize-group」で設定。

  1. 「Newsticker group >> Newsticker Reader group >> Newsticker Html Renderer」を「w3m」
  2. 「Newsticker group >> Newsticker Reader group >> Newsticker Justification」を「No filling」
  3. 「Newsticker group >> Newsticker Hooks group >> Newsticker New Item Functions」の「newsticker-download-images」と「newsticker-download-enclosures」をオン
  4. 「Newsticker group >> Newsticker Headline Processing group >> Newsticker Automatically Mark Items As Old」を「off」

 使えるか、満足できるかどうかはわからないけれど、しばらく試行してみるつもり。でもiPadのMobileRSSにはかなわなさそう。たぶん、RSSリーダーはつかわなくなるかもなぁ。
 さてどうなることやら。

2013年4月3日水曜日

ジョージ・ダイソン「チューリングの大聖堂: コンピュータの創造とデジタル世界の到来」


チューリングの大聖堂: コンピュータの創造とデジタル世界の到来

 読み始めたときは高等研究所の土地の歴史が細々と書かれていて、何でこんなことを詳しく書いているんだよー、と苛々してしまった。もう途中で投げ出そうか、と。ところが読み進めていくうちに、登場人物の生まれから詳しく書く、その記述の背後から何かが立ち上がってきた。
 それが著者のスタイルなのだろう。
 不思議なことにそうすると、読むのをやめることはできなくなり、ジョン・フォン・ノイマンの最後など涙ぐんでしまった。
 題材としては偶然、ジェイムズ・グリック「インフォメーション: 情報技術の人類史」と同じものだったのだが、ずいぶん、印象がちがう。フォーカスしている人物がちがうということもあるだろうが。かたや、バベッジやシャノン、こちらはフォン・ノイマン。とくにフォン・ノイマン夫人――世界初のプログラマーがとても印象深かった。

2013年4月1日月曜日

競馬脱税5億円男に懲役1年求刑

 こんなニュースがあったとは知らなかった。

競馬脱税5億円男に懲役1年求刑

 競馬で得た所得を申告せず、2009年までの3年間で約5億7000万円を脱税したとして所得税法違反罪に問われた大阪市の元会社員の男(39)の論告求刑公判が7日、大阪地裁(西田真基裁判長)であり、検察側は「課税処分を受けたのは自業自得」として懲役1年を求刑した。弁護側は無罪を主張し、結審した。判決は5月23日。
 起訴状などによると、男は市販の競馬ソフトを改良し、100万円を元手にインターネットで馬券を大量購入。払戻金を次のレースの馬券購入費にあてる「ころがし」という手法で09年までの3年間で計約28億7000万円をつぎ込み、計約30億1000万円の払戻金を得たため、約1億4000万円の黒字を出した。

計算してみた。

(/ 301000 287000.0)
1.048780487804878

回収率:104%

(- 301000 57000)
244000

必要経費(的中した馬券の合計金額):244000万円

(/ 301000 244000.0)
1.2336065573770492

的中馬券の回収率:123%

(/ 244000.0 287000)
0.8501742160278746

的中率:85%

必要経費の求め方がこれでいいのならけっこうすごい。

何レース、賭けたのか、不明だが、仮に全レースにベットしていたとしたら。
2007年から2009年まで10322レースなので

(/ 287000 10322)
27

1レースのベット金額:27万円

になる。

何がおそろしいって
トータルで競馬に負けていても的中していたら課税されるってことだ。

2千万つかって、1千5百万、払い戻しがあったら(5百万の赤字)、1千5百万に課税されるってことだ。

競馬はやっちゃいけねーw


判決が出た模様=>外れ馬券:経費と認める初判断 脱税は有罪…大阪地裁
これでトータルではマイナスなのに課税されるということはなくなったかな? わからんけど。

2013年3月22日金曜日

色川武大 (ちくま日本文学 30)

色川武大 (ちくま日本文学 30)

 土屋ガロン/嶺岸信明「オールドボーイ―ルーズ戦記」が「週刊漫画アクション」で連載されたときに、すぐにこの原作者の土屋ガロンって、狩撫麻礼の変名だな、ということに気づいた。たしか、狩撫麻礼名義で他の漫画の連載をしていたせいだと思う(「タコポン」だったかな?)。サブタイトルの「ルーズ戦記」というのはまさに狩撫麻礼という感じなのだけれど、「オールドボーイ」というタイトルは奇異に感じた。
 狩撫麻礼っぽいけれど、何か、ちがうという感じ。
 どこからこの言葉をもってきたのだろう、と思っていたら色川武大 (ちくま日本文学 30)に同タイトルの作品があることを知った。
 色川武大だったのか。

2013年3月15日金曜日

クラウドコンピューティングの終わりのはじまり?

 Google Readerが終了する、という。
 Gmailについでよく利用していたサービスなので正直、まいった。
 ウェッブブラウザからではなく、MobileRSS for iPadでの利用だったが。世間的にはわりと当然という受けとめ方のようだ。代替えをさがすのが面倒だということもあるけれど、ふとクラウドコンピューティングの終わりみたいなものを感じてしまった。
 というのもパソコンで動くアプリケーションなら、サポートが終了すると聞いてもここまでこまった、とは思わなかっただろう。アプリケーション自体は使いつづけることができる。
 ところがクラウドだと、終了即使えなくなる、ということだ。
 それに気づいてしまった。
 クラウドのリスクを認識してしまった。
 終わることもある、という認識。
 永遠はないとはいえ。

 Google Reader自体はサポート続行をのぞむ声もあり、そういう要望を出す動きもあるようだけれど、しかし何かが終わったという気はする。もう以前のようにのほほんとして使うことはできないだろうな、と。いつ終わってもだいじょうぶなように、とどうしても考え、行動してしまうだろう。
 ただ、問題はiPadからの利用だとどうしてもクラウドサービスにたよらざろうえないってことだ。これはあんがい、iPad自体の利用にも影響するかもしれないなぁ。どうりでAppleは自前でクラウドサービスを提供しようとするわけだ。

2013年3月11日月曜日

ジェイムズ・グリック「インフォメーション: 情報技術の人類史」

インフォメーション: 情報技術の人類史

  ひさしぶりに読みごたえのある一冊だった。
 最近、あんまり本を読んでないということもあるけれど。
 バベッジとシャノンについてけっこう、ページが割かれていて——このふたりについてあまり予備知識がなかったということもあってとてもおもしろかった。バベッジすげー、シャノンすげー、と。とくにシャノンの情報理論については目からウロコだった。エントロピーと関連があるとは知らなかった。まさかエントロピーが最大の状態が情報量が最大の状態とは。目からウロコ以外の何物でもなかった。
 最終的にはチャイティンにまで触れられている。
 そして、量子コンピュータにも。
 実は個人的にはそのうちだれかが、量子コンピュータは実現不可能であることをゲーデルの不完全性定理のように、数学的に証明するのではないか、と思っているのだけれど——この本を読んでもうひとつ、可能性があることに気づいた。量子コンピュータを実現できてもそこから情報をひっぱりだせないのはないか、と。それがまさに量子たる所以でもあることだし(ただの素人の妄想)。
 しかし、おもしろいわー。
 世界はおもしろい。
 それにしても自分が生きてきたこの時代はとんでもない時代だったんだなー。知らなかったけど。まぁ、産業革命のころに生きていた人も蒸気に興奮しまくりだったのだろうけど。

2013年2月22日金曜日

後日談

「SSD換装、再?」の後日談
 なんということか。溜りにたまったWindows Updateが終わるまで六時間はかかった。ウィルスチェッカーのアップデートもした。そこからにSSDのバックアップに四時間ほど。ようやくこれでいろんなソフトのアップデートができる、と思った。
 ところが、むっちゃマシンが重い。重くてたまらん。
 Windows Update前は、軽いじゃん、XP、と思っていたのに。
 何の策略だ? マイクロソフト。
 これは——。
 使えん。
 これまでかかった時間はすべて無駄になった。DELLにSSDをもどし、現状に。とりあえず、バックアップは小まめにすることにしよう。いつSSDが飛んでもいいように。



SSD換装、再?


 DELLがブルースクリーンになって死んだ。
 フィジカルエラーなんちゃらとでている。顔が青くなる。ThinkPadのSSDが死んだときとまったく同じ現象だったからだ。ついにDELLのSSDも昇天してしまったか、と。
 おそるおそる電源を切っていれなおす。なんとかOSはブートしてくれた。ほっとしたものの、今度は使うのがこわくなってしまった。ThinkPadの方も二、三度、同じ現象が起きてお亡くなりになったのだ。これはHDDにもどすことを考えた方がいいかもしれない。
 以前、使っていたHDDは残してあるのだが、問題はそこからいろんなものが更新されているということだ。ソフトもいろいろといれただろうし、とくにWindows Updateがなー。二年分もある。それが面倒だなー。OSをFreeBSDにするという選択肢はない。なんだかんだいってWindowsは必要だ。たとえ、XPであっても。ScanSnapとか使うために。
 それに抜いたSSDはどうしよう。ThinkPadにいれるか。うーん、それはなぁ。性格的に使わないという選択肢はない。


 そうこうしているうちに新しいノートパソコンが欲しくなってヨドバシに見にいった。世の中、Windows8になっていた。なじめねぇ。全然、魅力を感じねぇ。ThinkPadもいまいち——というか、IdeaPad S100ってどんなもんだろう、と実機を見に行ったのになかった。Amazonにも以前、二万五千円程度であったのに今はない。買っておけば、よかったかな?
 それにしても購買意欲をそそられるのはMac Airぐらいだ。
 しかもノートブックやネットブックもSSDを積む流れらしい。すると、やはりおれがSSDに馴染むしか、ないのかもしれない。とりあえずSSDは頓死するという前提で。


 だいたいぼちぼちSSD関連の記事を読むと、死に方がよくわからない。いきなり頓死というおれのパターンが普通なのか——動作原理から考えると、徐々に書きこめなくなってしまうような気もするのだが。読み出しだけでもできれば、レスキューできるからこんなに怯えないのだが。
 でもおれのゴーストが囁くのだよ。頓死が普通だ、と。


 しかし、次のような記事を見つけてようやく腰を上げる気になった。


 FreeBSD 9 UFS Trim対応

2013年2月20日水曜日

GnuCashとKMyMoney


 元々、iPhoneにiBearMoneyというアプリをいれるくらいだから(今はMoneyというアプリになった。iBearMoneyがMoneyになったのだ)こづかい帳ではなく、財務管理ソフトが欲しいなぁ、とは思っていた。管理しなければ、ならないほど、お金があるわけじゃないが、手持ちのお金を借金との差分として認識しておきたかったのだ。こづかい帳だと、お金の出入りなのでクレジットとかの把握がむずかしいだろう、と。実際にそうなのかは使ってないのでわからないが。
 フリーの財務管理ソフトなんてない、と思っていたのでiBearMoneyを購入したのだけど、なんとFreeBSDハンドブックに「7.5. 財務管理ソフトウェア」ってあった。GnuCashとKMyMoney。知らなかったよ。Windows版もあるという。ああ、なんてことだ。で、とりあえず、GnuCashをインストールしてiMoneyのデータをインポートしてみた。QIFファイルで。
 ものを知らないのとは恐しいもので、それでデータの移行ができるとばかり思っていた。よくよく「QIFファイルのインポート」を読んでみると、どうも口座ごとに入出金のデータを取り込むようになっているらしい。えーっ。iMoney上には口座に相当するものが、八つもあるぞ。今はiMoneyで証券口座を管理していないので、それも組み込もうと思っていたのに。
 なんかよく理解できないし。
 使うのをあきらめようか、とも思ったけれど。
 とりあえず、過去の分を取り込むのをあきらめるだけにした。口座ごとにQIFファイルを生成しても結局、手作業でいろいろと調整しなければ、いけなかったからだ。いちから出直しである。

 KMyMoneyも似たような感じだろうとは思う。使ってないのでよくわからない。GnuCashのデータをそのまま、インポートができるので、途中までつくったデータを再利用してみたところ、悪くなさそうだ。とくに初期画面で、資産と負債が左右にならべて表示されるところはともて気に入った。そういうものを求めていたのだよ。でもなんか、GnuCashと値が一致しないし、手計算すると、GnuCashもKMyMoneyもちがう金額だ。どこの金額を使っているのか、よくわからん。
 それでもそれなりのデータがそろってきたらこのまま、やってみようか、という気になってきた。そのうち、銀行口座などのデータはインポートすれば、いい、ということに(ようやく)気づいた。すると、OFXファイルのインポートができるKMyMoneyかな、と思ったが、インポートしてみると、文字化けしてしまう。csvもサポートしていない。
 見た目はあきらかにKMyMoneyなのだが。
 KMyMoneyがだめだったとき、GnuCashにもどすことはむずかしそうなので、GnuCashを使うしか、ないか。もっともいろいろと使ってみているうちに馴れてきて結構、いいんじゃないか、と思えてきた。でも貸借対照表が上下にわかれているのはなんか、嫌だ。
 まぁ、一年ぐらい使ってみれば、馴染むかな。
 そんな気がする。
 そのころにはもうすこし、理解も進んでいることだろう。
 それにしても入出金のデータを二ヶ月分ぐらいしか、サポートしてない銀行が多くでげんなりしてしまった。今までの入出金明細を取得できたのは新生銀行だけだった。

2013年2月13日水曜日

FreeMindで日本語入力ができない

 不思議なのはFireFoxでは日本語入力できることだ。よくわからんが、GNOMEが何かやっているのだろう。shellから立ち上げるFreeMindはその恩恵を受けてないと。しかたないので、freemindのラッパーシェルに


export XMODIFIERS="@im=ibus"
  
  

 を追記した。これで一応、iBusから入力できるようになったようだ。
 on FreeBSD

2013年11月1日(金)追記
よくよく考えたら.profileに書けば、いいのであった。

2013年2月12日火曜日

知らなかっただよ

ずっと不便だったのだよ。何でサポートしてくれないのかと思ってた。。。。orz

>> emacsでtruncate-linesをtにしているのに折り返ししてくれない


2013年2月10日日曜日

Cygwin/XによるEmacs単体表示

1 ssh

 何もThinkPad X60からGNOME全体を動かさなくてもよいのだよなぁ。
 Emacsだけ動かしてDELLのXに表示してやれば、いい。
 でもうまくいかなくて「X-broadcast」してしまった。どうもXに関する知識が古くて、Xhostとか、Xauthとか、よくわからなかったのだ。ただ、もしかしたらポートをあけてなかっただけかも、と思って調べ出したらはまってしまった。やはり認証系らしいということはわかったところでsshでXプロトコルを転送できることに気づく。これだと新しくポートを開放する必要もない。
 こんな感じでDELLからThinkPad X60のemacsを起動できる。

ssh -Y xxx.xxx.xxx.xxx -f emacs

>> ssh - OpenSSH SSH クライアント (リモート ログイン プログラム)

 ただしワーニングがでる。Xauthをきちんと設定しろみたいな?
 その上、今まで苦労してきた問題(キーボードレイアウトとか)が再燃してしまった。

2 startxwin.exe

 GNOME on ThinkPad X60を動かすのとはちがって、Emacs on ThinkPad X60はちょっと手間がかかった。

  1. DELL上でX Serverを動かす。
  2. X Server上で動いているxtermとか、から「ssh -Y xxx.xxx.xxx.xxx -f emacs」を起動。

3 問題1. どうして勝手にxtermが立ち上がっちゃうの?

 まぁ、X ServerはWindowsのスタートプログラムの中にstartxwin.exeを放りこんでやれば、いいか、と思っていたのだけど、そうすると、なぜか、無条件にxtermが立ち上がる。もちろんこのxtermから「ssh -Y xxx.xxx.xxx.xxx -f emacs」をやってやれば、いいのだけど、それは面倒だ。
 なんでxtermは立ち上がってるの? 「ssh -Y xxx.xxx.xxx.xxx -f emacs」が起動できれば、それでいいじゃん。

 答えは「~/.startxwinrc」をつくってやる、だった。
 この中で「ssh -Y xxx.xxx.xxx.xxx -f emacs」を記述。でもそうすると、Xを立ち上がげると、かならずEmacs on ThinkPad X60が動いてしまうので美しくない、と反省。そこで「~/.XWinrc」でタスクトレイのXのアイコンのメニューを定義できるらしいので、そこに「ssh -Y xxx.xxx.xxx.xxx -f emacs」を設定。

  1. スタートプログラムからあらかじめ、X Serverを動かしておく。
  2. タスクトレイのXからEmacs on ThinkPad X60を動かしてやる。

 完璧な作戦だ(笑)。

4 問題2. キーボードのレイアウトがjp106じゃねーよ

 「~/.startxwinrc」の中に「setxkbmap -rules xorg -layout jp -model jp106」を記述。

5 問題3. 何か、Emacsのフォントがちょー汚いんだけど?

5.1 原因1. 環境変数LANGが設定されてない

 「~/.startxwinrc」の中に「export LANG=jaJP.UTF-8」を記述しても引き継がれない。sshがセキュリティの関係で環境変数を制御しているらしい。「ssh -Y xxx.xxx.xxx.xxx -f emacs」のときに「emacs」をシェルでラップして設定するか、呼ぶときに「export LANG=jaJP.UTF-8;emacs」見たいな感じでやれば、できると思うけど(未確認)、ThinkPad X60側のsshの環境をいじることにした。

  1. まず、sshdでユーザごとに環境変数の設定が可能なように変更。
  2. 「~/.ssh/environment」に「LANG=jaJP.UTF-8」を定義。

 このとき、「~/.ssh/rc」に「export LANG=jaJP.UTF-8」とかでやろうとすると、Xauthが動かなくなる。

>> sshd.config - OpenSSH SSH デーモン 設定ファイル

5.2 原因2. GNOMEがいろいろやってくれている

 上記の設定を終えても、同じフォントでずいぶんと見え方がちがう。
 GNOME上ほど美しくない。
 最初、アンチエイリアスが無効になっているのか、と思ったが、どうやらGNOMEがきれいに見えるように制御しているようだ。たとえば、生のGTKのスクロールバーはかなりださいが、GNOMEではかなりきれいになる(ちょっとMacっぽい)。
 外観を制御しているらしい。
 なるほどなぁ。人はKDEとか、GNOMEとか使うわけだ。
 で、ここで「/usr/local/bin/gnome-session」を動かすと、きれいにはなるのだが、GNOME自体が立ち上がってしまうので、だったら「X -broadcast」と同じじゃん、ということになる。ログイン操作が省かれただけ(でもなくて他にもいろいろ問題がでてきた)。

 gnome-wmでそのへんの制御をしているわけではないらしく、だめ。
 いろいろ試してみてgnome-appearance-propertiesを動かすと、GNOMEとスクロールバーとかも含めて同じようになることがわかった。ただgnome-appearance-properties自体(設定画面)も立ち上がってしまう。
 うーん。でもここまでかな……。GNOMEの外観(appearance)だけ、取り込もうという使い方は普通、しないだろうから。方法がないような気がする。

6 最終的に

 下記のようなシェルを書いてrunのショートカットのリンク先に「C:\cygwin\bin\run.exe /usr/bin/bash -l -c /home/yamada/emacsThinkPad.sh」と設定。


/usr/bin/startxwin
export DISPLAY=:0.0
/usr/bin/ssh -Y  xxx.xxx.xxx.xxx -f gnome-appearance-properties &
/usr/bin/ssh -Y  xxx.xxx.xxx.xxx -f emacs &
  
  

 なんだかんだと、次にWindowsでEmacsを使うときにはCygwin/Xでもいいかなぁ、と思っていたけど、この単体起動のときのフォントがいまいちというのはけっこうマイナスポイントかもしれない。

7 余談

7.1 Cygwin/X

 テキストのクリップボードは効く(XWinのデフォルト)。ただし、イメージはできなかった。WindowsのIMEから日本語入力はできない。たぶんFreeBSDのインプリメントメソッドを使う必要がある。EmacsではSKKなので無問題。

7.2 FreeBSDのバッテリーの残量はsysctlでわかるらしい。

7.3 なんとバッチが用意されていた

 DELLから簡単にEmacs on ThinkPad X60を動かそうと、Cygwinの/usr/binの下を見ていたら「startxdmcp.bat」というものが用意されていることに遅ればせながら気づく。
 「X -broadcast」でやるようにしちゃったよ。バッチの中ではXWinを使っていた。

7.4 XWinのオプション

 フルスクリーンや「-rootless」ができる。ほお。

>> XWIN

2013年2月9日土曜日

Cygwin/X

 それにしてもCygwin/X。
 悪くないな。
 実は次のマシンを買うとしたらEmacsはどうしようというのが、悩みどころだった。ThinkPad X60はFreeBSDを載せて延命してしまったのでよほど、ハード的に壊れないかぎり、しばらく(何年?)使うとは思うが。今まで(今でも)Windowsで使用しているMeadowのバージョンアップがされなくなったのでどうしようか、と。NTEmacsがあるのは知っているが。
 Mac環境ならCarbon Emacs(使ったことあり)やCocoa Emacsがある。それならMacにしちゃおうかなぁ、と思っていたのだけど、Mac Airが候補から外れてしまった。
 なので次はいっそのこと、VMWareをいれてそこにFreeBSDを構築するか、とも考えていた。そうか。Cygwinでもいいんだよな。Cygwin/XでWindowsの一部として使えるのは結構、魅力かも。Unix系のコマンドもそろっているし(Macもそうだが)。

 先代のThinkPad(iSersies1124)は五年。
 現行機(ThinkPad X60)は2006年の11月からだからもう丸6年なのか。さすがにバッテリーは買い替えていて三代目だけど。

 あっ。
 その前にお金がない。

2013年2月8日金曜日

Cygwin/X on DELL(Windows XP)

 Cygwin/Xがあることは知っていたし、DELLにもいれてあるのだが、まったく使っていなかったらいつもまにか、動かなくなってしまっていた。それもあって思わずX-mingをいれてしまったのだが、待てよ、Cygwin/Xでもいいんじゃないか、と思ってアップデートした。
 一瞬、動かし方を忘れていてググってしまった。
 あっ、startxか。
 そうなのだった。Cygwinって結局、Linuxなんだよなぁ。普通のUnix上のXと同じなのだった。別のマシンのGDMに接続するには「X -broadcast」(-query hostnameでもできるけど、-broadcastならIPアドレスがわからなくても接続できる)。で、ThinkPad X60上のGDMに勝手に接続。
 ログイン画面が表示され、ここでもやはりGNOMEはうまく動かず、Xfceを使用。
 なぜか表示されるフォントサイズがX-mingのときと微妙にちがう。でかくなっている。よくわからん。フルスクリーンにすることもXから直に起動するとできなさそうだ(X-mingはできる)。startxwin.exeを使うと、「xwininfo -root」で見てみると、フルスクリーンになっているようだが。どうやらこれで動かすと、ルートウィンドウは隠され、xtermなどがまるでWindows上で動いているように見えるようになっているらしい。
 ほー。

 X-mingの方が微妙に暗いし、フォントも小さいように見える。X-mingは最新版というわけではないので、その影響かもしれない。いろいろ試してみることにしてとりあえず、Windowsから直接、起動できるようにXWin Serverのやり方を見てみる。おおっ、なるほどこんな手もあるのか。ということはrun.exeへのショートカットに「C:\cygwin\bin\run.exe /usr/bin/X -broadcast」でいいのか。
 ちなみにX-mingの方もX-Lunchの設定ファイルを保存すれば、そのファイルをクリックして動かせることに気づく。こちらは拡張子をX-Lunhに紐づけてあって中身はXMLの設定になっていた。
 いやはや、いろんな手練手管があるものだ。感心してしまった。

しかしあいかわらず、どちらからもGNOMEが動かない。
 エラーメッセージがでることもあって——ただ問題はフォントがないのか、マップできてないのか、豆腐だらけでなんと書いてあるのか、読めない。そういうときはターミナルすら立ち上げられないのでカット&ペーストでどこかに保存することもできない……。
 状況からとりあえず、フォント回りだろう、と見当をつけてCygwin/Xにあるfontを全部、インストールしてみる。そうしてCygwin/XでGNOME on ThinkPad X60を動かすと、だいぶん動く状況になっていた。すくなくともメニューのフォントも表示されて……エラーメッセージも読めた。
 ファイルがつくれません、だと?
 ためしに裏からsshで入ろうとしても入れない。

 実はDELLからだけでもなく、ThinkPad上でログインしたときにもうまく動作しなくなることがあった——ファイルディスクリプタ番号がとれなくなっていたのか。
 sysctlしてみる。



$ sysctl -a | grep maxfiles
sysctl -a | grep maxfiles
kern.maxfiles: 11912
kern.maxfilesperproc: 10720


 十分そうに見えるけど、足りないらしい。kern.maxfilesの値を10倍にしてDELLからGNOME指定でログインすると正常に動作した。
 これが原因だったか。納得である。
 フォントが豆腐に化けていたのもフォントファイルが開けなくなっていたからかもしれない。Cygwin/Xにインストールしたフォントは実は不要だったかもしれないなぁ、と思いつつ、もしかしたらローカルに(DELL上)になかったらネットワーク越しにThinkPad X60のフォントをさがしにいって余計にファイルディスクリプタを消費していたのかもしれない。socketもたしか、ファイルディスクリプタの制限を受けていたような気がする(下記の参考サイトに書いてあった)。
 それにしてもXfceが動いてよかったよ。そうでなければ、あきらめていた。そういえば、Xfceでもアプリケーションが起動しないときがあったりしたが、同じ原因かもしれん。

参考サイト:第 12章設定とチューニング

 ちなみに/boot/loader.confに次の値を追加した。

kern.maxfiles="119120"
 これで大きな問題はキーレイアウトだけになった。
 まぁ、Alt-tabとAlt+kanjiがWindowsに喰われてしまうのはしかたがない。不便だが——指が無意識のうちに動くので——、ホィールマウスが使えるようになるので我慢しよう。
 問題は「setxkbmap -rules xorg -layout jp -model jp106 -option ctrl:swapcaps」してもうまくキーがマップされないことだ。
 CtrlキーとCapsLockキーの入れ替えは調整できなさそう、ということはわかった。DELL(Windows)ではWindowsのレジストリをいじってひっくり返しているからだ。ThinkPad X60はXの機能でやろうとしている。いやぁ、一発でうまく調節するのはむずかしい。.xsessionファイルで調整しようにもどうやらGNOMEはその設定を上書きしているようなんだし。ということはキーレイアウトをjp106にするにはもう四の五のいわずにGNOMEにjp106を登録すべきだな。で、登録した。

参考サイト:不合対処:GNOME環境でのキーボードの設定エラー

 CtrlキーとCapsLockキーの入れ替えは「setxkbmap -option ctrl:swapcaps」をシェル化。ThinkPad X60のときだけ自分で動かす。

 さてX-mingとCygwin/X、どちらを使うか。
 Cygwin/Xの方はやはりローカル(DELL)のフォントを使ってくれているようで(それでX-mingとはフォントの大きさがちがって見えたらしい)、それを考えると、Cygwin/Xがいいようだ。
 もうひとつ、ちがいがあってユーザがログアウトしたときの挙動だ。Cygwin/XはXそのものが終了するのだが、X-mingはGDMのログイン画面に復帰してしまう。フルスクリーンで使いたいときはX-ming、それ以外はCygwin/Xというところだろうか……。たぶんCygwin/Xだけで十分だな。


追記:Cygwin/Xでもフルスクリーンができるようだ。(man XWin )





2013年2月7日木曜日

X-ming on DELL(WIndows XP)

 GNOMEの「アプリケーション>>インターネット」の中に「リモートデスクトップ・ビューア」というものがある。「システム>>設定」にはリモートデスクトップ。
 ああ、これはRDPが使えるんだなぁ、と思っていたが、どうやらVNCだったらしい。iPadにRDPアプリとVNCアプリをいれ、試したところ、VNCが正解だった。奇妙なものだ。ThinkPad X60とiPadにまったく同じ画面が表示されるのは。笑う。
 これはもしかしたらiPadをサブ画面として使えるんじゃないか、とも思ったが、さすがに無理だった。たしかVNCは描画している画面をそのまま、送っているはずだから当たり前と思えば、当たり前なのだが。
 ついでにDELLにもVNCをいれる。
 これでGNOMEにWindows XPを表示して操作したり、逆もできるようになった。iPadからも表示操作できる。だから何なんだ、という話だ。見た目は驚くが、さっぱり使える用途が思いつかん。

 ものはついでに、とDELLにX-mingをいれてみた。
 まぁ、何かうまく動いていないような、動いているような。
 とりあえず、GDMにXDMCPをしゃべらせるように設定して(/usr/local/etc/gdm/custom.conf)DELLのファイヤーウォールの177番ポートを開ける。

[xdmcp]
DisplaysPerHost=1
Enable=true
HonorIndirect=true
Port=177
出た。
 DELLにGDMのログイン画面。GNOMEにログインすると、ちょっとエラーがでてよろしくなかった。これは使えないかなぁ、と思っていたが、Xfceはだいじょうぶだった。普通に使える。普通?
 いや、DELLの広いディスプレイが使えている。
 VNCだと、ノートブックの画面を貼り付けているだけなのだが、これだとフルの画面サイズが使える。しかもThinkPad X60自体にも別個にログインできるはずなので、もしかしたらマルチディスプレイじゃないか?
 キーボードとマウスは別々になってしまうけど。

 そういえば、昔、DELL(Windows)とMac miniでキーボードとマウスを共有してマルチディスプレイもどきにしてたけど、あれ、どうやってたんだっけ? (調べてみたらSynergyというソフトを使っていた)



下記はDELLのXを背景(DELLのディスプレイを見るとXとVNCの画面サイズのちがいがわかる)
ThinkPad X60のGNOME-(VNC)->DELL
DELL-(VNC)->iPad

それをさらにAirPlayでテレビに表示

下記はお約束の、DELLとThinkPad X60の間で、VNCのループ。たまたまSyugerSyncが落っこちたw

2013年2月6日水曜日

Gnome2 on FreeBSD 8.3 & ThinkPad iSeries1124

 ちなみにFreeBSD 8.3を再インストールしたThinkPad X60ではGnome2を動かしている。ログイン画面もGnomeなので、ちょっとかっこいい。というか、かなり気に入ったりして。ちなみにグノームと読むらしいのだが、どうしてもゴノメって読んでしまうねー。
 問題は二点あっていずれも日本語環境問題。
 ひとつはキーボードのレイアウトで設定にjp106がなくてこまっている。Gnomeの環境定義ファイルをいじれば、いいんだろうが、面倒なので(また、インストールしたら設定のやりなおしなので)、Xを直接、叩くことにした。
 ログインした後、下記をシェルで発行。デスクトップに貼っておく。

setxkbmap -rules xorg -layout jp -model jp106 -option ctrl:swapcaps

 もうひとつはコード系。Windowsとやりとりする関係でshift_jisにしたかったのだが、どうもうまくない。Gnome自体はutf-8なので。shellやEmacsをshift_jisにすると、ファイル名とか作成日時が文字化けする。ファイルの中身は問題ではないので(grepはたぶんまずいが)、もうUTF-8にすることにした。sshd for Cygwinもどうやらutf-8っぽいし。どうもsshをつかうと自動でファイル名をutf-8にしてくれているようにも見える。
 まぁファイル名が問題になったら個別に対応ということで。

 ThinkPad iSeries1124にPostgreSQLをいれてデータベースサーバにするのは断念。インストールもできたし、データのインストールもした。なのに、実際に動かしてみると、やたらとスワップが発生していて使いものにならん。OSとか、PostgreSQLの設定をいじってみたが、焼け石に水。カーネルのコンフィグをやろうか、迷ったが、メモリが128MBじゃねー。あきらめた。Xも動かせないし(設定がわからん)。マシン自体、廃棄物逝きかもしれない。ノートブックとしてはThinkPad X60があるから存在意義が問われる。
 ファイルサーバーとしては使えると思うが、DELLがあるしねぇ。
 どうせ、rsyncでバックアップするだけだし。結局、デスクトップとノートブックの二台で十分なのだよなぁ。
 といいつつ、ファイルサーバーにしちゃったけど。

2013年2月5日火曜日

Reinstall FreeBSD 8.3

 馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、ほんとうに馬鹿だった。
 年末年始のThinkPad X60へのFreeBSDのインストール作業で環境構築熱が再燃してしまい、古いパソコン——ミニタワーにFreeBSDをいれて、ZFSにしてみようか、と思っていた。もちろんZFSはメモリ喰いらしいのでだめかもしれないが。試してみる価値はあるだろう。なにしろIDEのHDDが四台もつけてあるのだ。ストライピングでディスクアクセスは速くなるかもしれない。
 で、ひっぱりだした。
 でも動かなかった。起動もしない。BIOSすら。ありえないだろう、と思っていたらメモリを外していたことに気づく。でもメモリをつけてもだめだった。ちくしょう。死んでいる。完全に。しかもメモリサイズは256MB+64MBだった。
 うわー、この程度だったのか、メモリサイズ。けっこうショック。

 ミニタワーがだめならThinkPad iSeries1124があるさ。これにPC-BSD 9.1をいれてやることにする。メモリは64MB+64MBで128MB。かつてはこれでFreeBSDをいれてAftreStepを動かしていたのだが、これっぽちしか、メモリがなかったのね。びっくりだ。
 USB起動もできないし、外付けのCDデバイスもない。ハードディスクに直接、DELL(Windows XP)上のVMWare経由で入れようとしたのだが、DELLのメモリが足りなくてだめ。FreeBSDのインストーラーがカーネルパニックを起こしてしまう。くそっ。頭にきてしまったのが、まずかった。ThinkPad X60からいれようとしてX60のHDDへ誤爆。
 わおっ。

 結局、ThinkPad iSeries1124へはDELLからインストーラーを起動していれたのだけれど、PC-BSD 9.1はメモリ不足でカーネルパニックを起こして動かない。FreeBSD 8.3 をいれなおしたのだが、Xwindowが動かない……。かつて動かしていた設定なんか、覚えていないぞ。ググっても見つからなかった。だれだ。ネットにはデータが永遠に残されるなんていったやつは。

 そのあいだに平行してThink Pad X60にPC-BSD 9.1をインストール。
 動く。
 ところが無線LANも使えそうなのにうまくいかない。どうやら設定は直接、/etcの下をいじってはだめで、ちまちまとPC-BSD上から設定をしていくしかないらしい。以前、ftpdを立ち上げられなかったのはそのせいのようだな……と思って設定していると、/etcの下のファイルが壊れて動かなくなる。
 だめだ。
 それにこの隔靴掻痒感ったらない。不自由感がすげえ。Windowsより不自由だぜ。
 だからFreeBSD 8.3をインストールしなおした。

 ThinkPad iSeries1124でXを動かすことはあきらめ、サーバ用途に変更してNFSを設定。データベースサーバにしようか、とも考えたのだが、こちらでも問題がいろいろ。ネットワークカードがはいってないのでPCカード(なつかしい!)でつなぐのだが、どうもPCカードを認識する前にDHCPを発行してしまうらしく、起動したあと、LANにつながらない。これは固定IPにすべきかもしれない。でもDNSサーバとか、どうすんべ? 面倒だ。あー、考えたくない。
 それでもNFSで二台のThinkPadでデータのやりとりができるようにしたときには感動した。よいわー。なぜか、うちの環境ではDELL(Windows XP)にSamba接続できないんだよねぇ。まぁ、NFSでつなげつつ、データのやりとりはrsyncを使ってしまうのだが——というか、rsyncをまともに使うのはじめてだった。これで十分だということに気づく。バックアップとか、バックアップとか、バックアップとか。
 問題はWindow XPにどうやってデータを渡すか、ということだ。
 windowsでNFS、動かないかなぁ。なんか、ずいぶん前にも調べたことがあるなぁ。
 VMWare上でFreeBSDを動かしてUSBのハードディスク(お立ち台)をマウントしてNFSか?
 ところがメモリが足りなくてお立ち台をNTFSマウントしようとすると、カーネルパニックになる。くっそーっ。いろいろ調べていたらなんと、CygwinでsshdもNFSも動かせることを知る。がーっ。なんですとーっ。

 で、結局、Windows上でsshdを動かしてrsyncで同期できるようにした。
 これはいいわー。DELLをサーバにできる。ThinkPad X60からDELLへバックアップもできるし、ファイルを持ってくることもできる。自動でDELLからDropboxへバックアップもできる。最初からこの環境だったな……。NFSにする必要すら感じない。

 一番の問題はThinkPad iSeries1124が不要になったことかもしれない。
 せっかくFreeBSD 8.3を入れたのに。
 でもこのマシン、HDDが80G(壊れたMac miniのHDDを突っこんだ)あってThinkPad X60の倍なんだよなー。この二台、IDEとSATAでHDDの交換ができないんだよなぁ。ハードも進化してしまうので古いパソコンの部品をいくら溜めこんでも使えなくなるだけなんだよなぁ。そのことを実感したこの数日であった。

2013年2月4日月曜日

SSD

 年末にSSDがおなくなりになり、古いHDDへFreeBSDをインストールしたけれど、いずれ、SSD換装をしようか、と考えていた。ZFSがらみをネットで検索していてあれ、SSDって結構、まずいかも、ということに気がついた。元々、書き込み回数に上限があることは知っていたのだけど、HDDとそんなかわらないだろうと安易に思っていたらどうもそうではないらしい。
 たしかにThinkPadの使用頻度は高かった。
 しかもEmacsでauto-save-buffers-enhancedを使っている。どうもこれがまずいような気がしてきた。というのも、auto-save-buffers-enhancedをオンにしていると、一文字でも編集すると、ファイルをセーブにいくのだ。つまり一日のうちに信じられないくらいの回数、SSDに書き込みを行なっていたということだ。
 それを考えると、年末にSSDがおなくなりになった原因はそこだったのではないか。単純に書き込み回数をこえた。そうではないか。すると、これからも何度でも起きてしまうのではないか。
 しかもSSDのなくなり方は——年末に経験したことが、普通だとすると——、ちょっときつい。ディスク全体がいきなりアクセスできなくなった。部分的にレスキューすることができなかった。HDDだとそこまでの壊れ方はあまり経験したことがない。というか。HDDがハード的に死んだことはない(ラッキーな人生だったのかもしれない)。

 結論。ぼくの使い方だとSSDとは相性が悪すぎる。
 なのでThinkPadはSSDに換装しない。
 一番ほっとしたのは、実はMacAirを買わない理由ができたことかもしれない。買わなくてよかった!
 ぼくはあの葡萄がすっぱいのキツネか(笑)。

>>【元麻布春男の週刊PCホットライン】 SSDの寿命

2013年1月8日火曜日

BUFFALO WLI-UC-GN on FreeBSD 8.3、動作す


 BUFFALO Air Station NFINITI 11n/g/b USB用 無線子機 WLI-UC-GNをFreeBSDで使おうとしていたのはこちらに書いたとおり。あちらこちらのサイトを参考にいろいろといじってみていたのだけれど、うまくいかなかった。
 USB自体は ifconfig -a で見ると、認識されているので何でだめなんだろう、と思っていたが、やはりミスをしていたのはぼくで、rc.confの書き方をまちがっていた。
 とりあえず、USBを挿すと認識されるのはrun0というデバイス。
 ちなみにmanでrun(4)を見ると、サポートされているwireless adaptersの中にちゃんと「Buffalo WLI-UC-GN」とあった。
 /etc/rc.confを次のように記述。
 wlans_run0="wlan0"
ifconfig_wlan0="WPA DHCP"
/etc/wpa_supplicant.confを次のように定義。
network={
    ssid="ないしょ"
    psk="ないしょ"
}

 こうしておいてBUFFALO WLI-UC-GNを挿しておいてrebootすると無線LANにつながった。あっさり。苦労していたのが、嘘のようだった。
 一番、参考したのはFreeBSDのWireless Networking。
 ちなみにFreeBSD 8.3 では/boot/loader.confの定義は必要なかった。
 抜き差しではうまく動作しないけれど、自宅で使う分には問題なし。LANケーブルがないだけで心安らか。


後日談
抜き差ししても別に問題なかった。

2013年1月7日月曜日

トラブルはある日、突然に(6)

  • 2013-01-02(水)以降
 packageにDropboxがあり、やり方の記事も見つけたのだが、さすがにWindowsのDropboxとはちがい、自動で同期はされないらしい。毎回、Uploadに行ってしまうし。このあたりは検討事項だが、ここでも日本語名のファイルがおかしくなる。
 こまったなぁ、と思っていたらふいに思い出した。
 ロケールの設定してねーっ。
 UNIXで日本語を使うならロケールの設定は必須じゃねーかっ。自分を殴りつけたくなった。なんなら首を絞めてもいい。基本中の基本じゃないか。すっかり忘れていた。それというのもUTF-8だと、ロケールの設定をしなくても日本語ファイルが見えてしまうからだ。
 うっかりしていた。
 そして、馬鹿にもほどがある。
 ああ、もしかしたらロケールをちゃんと設定していたら、PC-BSD 9.1のとき、ZIPファイルの解凍にも失敗しなかったんじゃないか。他にもいろいろ心当たりがあるすぎて考えたくない。
 ああっ。

 結局、まともに動くまでほぼ一週間、かかってしまった。
 なんとかThinkPadで作業できる程度には。
 いろいろ細かい調整をしなければいけないが、今のところ、大きな問題はなさそうだ。バッテリー駆動時、粘るように遅かったのはどうやら省電力モードで動作していたかららしい。あのとき、気づいていれば。まぁ、PC-BSDではFTPが開通できなかったからしかたがないが。
 体感として、SSD(Windows XP)とHD(FreeBSD)の差はあまり感じない。
 Emacsにはauto-save-buffersというすぐれた小物ツールがあるのだけれど、Windows XP + HDではディスクアクセスのときにひっかかるような感じがしてそれで使う気になれなかった。実際に使い出したのはSSDに換装してからだった。それが今はHDだというのに、使っていてもそんなに気にならない。
 起動も早いし。
 Windows XP + SSDとどっこいという感じだ。
 おそるべしFreeBSD。
 まぁ、Scansnapが使えないとか、Emacs以外で日本語入力ができないとか、あるけれど、現状はなんとかなりそうだ(<-これはSCIM+Anthyをインストールして解決した)。
 一番、気になっていたバッテリーが空になったとき、自動的にハイバネートしないことは、Xfceのツールにバッテリモニターがあり、そこに残量5%になったとき、poweroffコマンドを実行するように設定することで解決した。つまりだ、バッテリーを放電させるため、ThinkPadを放っておいてもだいじょうぶ、ということだ。

 ただ、問題はこうしていろいろ設定をしていると、本来、するつもりだった作業のことなど忘れ、空いた古いパソコンにFreeBSDをいれてみようか、とか、SSDを買ってみようか、とか考えて、気持ちがインストール作業から離れない自分がいる。
 これはまずい。
 だいたいAmazonを見てみると、Lenovo IdeaPad S206シリーズが3万円台で売っていた。これならMacbook Airほど迷わずに買えたかも。知っていれば。知らなかったけど。
 BUFFALO Air Station NFINITI 11n/g/b USB用 無線子機 WLI-UC-GNを使えるか、ためしてみたけれど、うまくいかない。USB自体は認識しているみたいなんだがなぁ。おかしいなぁ、と思っていたらFreeBSD 9.xでなら動いているふしがある。
 どうすっかなぁ(後日、動作した)。

 いや、だからね。どうしてきみはThinkPadを甦らせる必要があったの?
 自問しつつもなんとはなく、FreeBSDのことを考えている自分がいる。

2013年1月6日日曜日

トラブルはある日、突然に(5)

  • 2013-01-01(火)
 翌日、Subversionが必要だということを思い出してpackageからインストールしたのだが、持ちこんだデータをEmacsから開いてみて頭を抱えてしまった。
 ファイルはSbuversionで管理していたのだけれど、Windowsから持ちこんだファイルをSubversion管理のファイルだと認識してくれてなかった(Emacsでは自動で認識してくれるはずだった)。
 すぐに原因はentriesファイルの中のリポジトリのパスがまずい、ということはわかったのだが——Windowsでチェックアウトしたファイルを持ちこんだのでリポジトリのパスにドライブレターがはいっていた——、これはチェックアウトしたファイルをDropboxで同期するのはまずい、ということを意味する。
 元々、ぼくはThinkPad、DELL間でDropboxを使ってチェックアウトしたファイルを同期し、SugersyncでSbuversionのリポジトリを丸ごと同期していた。こうしておけば、同じようにThinkPadでもDELLでも使えるからだ。
 それが可能なのも両方、Windowsで同じフォルダ構成にしていたからだ。
 ところがThinkPadがFreeBSDになると、ちょっとまずい。FreeBSDにはドライブレターが存在しない。
 結局、同期するのはリポジトリだけにして各々のマシンでチェックアウトするのが、いいんだろうが、それはそれで煩雑だしなぁ。
 まぁ、今はFreeBSD上でファイルをチェックアウトするしかないか。
 で、トラブった。
 EmacsやWindows上のトータスSVNとか使っていたから生のSubversionのコマンドとか、すっかり忘れていて調べ直し。Emacsだと最初のチェックアウトだけは生のコマンドを使わなければ、ならなかった。しかもSubversionが1.7になっていてどうやらApachに管理が移譲されてしまったらしく、ちょっと変更されていたり、とすったもんだしているうちにリポジトリーが壊れていることがわかり、修復しようといろいろやってだめだ、とわかり、とりあえず使えるかどうか、わからず、なんとか、チェックアウトもできるし、コミットも可能なことまで確認できた頃には夜になっていた。
 はー。元旦だというのに。
 タイプミスで長時間、はまってしまったのが痛かった。

 EmacsがらみはpackageからElscreenとSKKをいれ、他のライブラリはDELLにあるものをみつくろっていれた。Anythingとか、howmとかほかもろもろ。つっこむ。今だにPC-BSDではなぜ、動かなかったのか、謎だ。もしかしたらEmacsのバージョンかもしれない。FreeBSD 8.3で動かしているのは23なので。
 Xfceもぽつぽつ整備。
 キーボードを106にするために(Xfceではなく、X上の話だが)、.xinitrcに設定を使いした。このやり方を思いつくまでずいぶんと時間がかかった。ピンポイントな答えがGoogle先生ではわからなかったためだ。
setxkbmap -model jp.106 -layout jp
xmodmap ~/.xmodmaprc
/usr/local/bin/startxfce4
.xmodmaprcの中身はCapsとCtrlキーの入れ替え
remove Lock = Caps_Lock
remove Control = Control_L
keysym Control_L = Caps_Lock
keysym Caps_Lock = Control_L
add Lock = Caps_Lock
add Control = Control_L
今のマシンの状況ではUSBメモリはうまく一般ユーザからマウントされないし、Xfceからも認識されない。rootからmountすれば、マウントできるのだが。まぁ、お立ち台が使えるのでさほど必要性は感じないのだが。 なんとか、使える環境になったようだ。
 バッテリー駆動時がどうなるか、ひどく気になるが……。

2013年1月5日土曜日

トラブルはある日、突然に(4)

  •  2012-12-31(月)
 翌日になっても状況は好転しなかった。
 お立ち台を認識しないのは夢ではなかったし、ftpも未開通。
 おもいついたのはネットには繋がるのだからDropboxのサイトから直接、ダウンロードすりゃあ、いいじゃないか、ということだった。で、ごっそり落とした。ファイルはzipにアーカイブされている。
 ところが解凍に失敗した。
 わけがわからん。
 他にデータを移す手はないか。移す手はありませんか。
 いろいろやっているうちにふとした拍子でPC-BSDがUSBメモリを認識していることに気づく。これは使えるのか——さっそく、データをUSBメモリにつっこむ。移行しはじめてすぐにここで日本語名のファイルが見えないことに気づく。
 んー、しまったなぁ、と後悔するももう遅い。
 昔——FreeBSDをメインにつかっているころならそんなことはしなかったのに。ファイル名を日本語にするなんてことは。
 すっかりWindowsや、Macを使うようになっていたので油断した。
 それでも全体としては数は少ないし、そういうファイルは必要ではない。
 しこしことUSBメモリでファイルをPC-BSD環境に持ち込んだ。必要そうなEmacsのライブラリも(SKKとか、Elscreennとか)——なにしろ、packageが使えないから手作業で突っこむしかない。
 何とか、完了し、あとはEmacsの環境構築という段取りになった。
 ここでThinkPadを持ってスタバへ行った。バッテリー環境でどの程度、動くか、確認するためだった。ネット環境はないが、ローカルに持ちこんだもので作業では継続できるはずだった。
 大晦日だというのに、混みあった店で席を確保してEmacsの設定をはじめる。
 はじめて触れるEmacs 24だった。実は23も使ったことがない。
 ファイルコピーがサブディレクトリごとできるようになっていて驚く。カーソル移動も若干、動作がかわっていた。
 作業は進まなかった。
 PC-BSDにはIM(インプリメントメソッド)がはいっていたのだが、それがEmacsのキーアサインと被っていたため——それに気づくまで謎の動きに悩まされる。突然、IMが日本語モードになるのだ。
 それをクリアし、ダンジョンはいよいよ次の段階へ。
 Emacsにライブラリを突っこむ——しかし、それにしてもバッテリー駆動では妙に遅い。キーの反応が粘りつくようだった。Ubuntuほどではなかったが。CPU処理そのものが重い感じなので、ディスクをSSDにすれば、解決するというものでもなさそうだ。
 こりゃあ、だめかも。使えないかも。
 さらに手作業で突っこもうとしたライブラリがうまく、ロードされない。うーむ。問題を調べてみる気力はなかった。キーの反応の遅さに暗澹としていたし、キーボードの設定をまちがっていてアルファベットはいいのだが、記号がキートップの刻印とちがっていた。これがひどくストレスだった。
 帰った。嫌になった。
 もうMacbook Airを買うしかない、と考えていた。
 Xfceのデスクトップ環境自体はいい感じだったのだが。

 この数日で何度も見たApple Storeへまた、アクセスする。
 買うぞ。買うしかないんだ。さあ、買え。Macbook Airのオプションを選ぶ。そこで指は止まる。金はない。でもまったく出せないわけではない。どうする。Macbook Airにしたところですぐに使えるわけではないことはわかっていた。
 Emacsをもってきて設定しなければ、ならん。
 それなら——。
 PC-BSD 9.1の問題点は結局、pakeageが使えなかった、ということに尽きる。
 Emacsに必要なelispライブラリをそろえられなかった。では——PC-BSD 8.2はどうだろう? 使えるんじゃね?
 気づくなよ、自分、とは思うが、気づいてしまった。
 インストールディスクを作成してPC-BSD 8.2をインストール。
 何度目のインストール作業だ。
 実はこの作業にもかなり苦労した。欲張ってファイルシステムをZFSにしようとしたために何度となく、失敗を繰り返してしまったのだ。あきらめてUFSにしてらあっさりと成功のだからやはり原因はZFSだったのだろう。
 動かしてみると、デスクトップ環境はXfceではなく、KDEだった。
 そして、9.1と同じでftpはあいかわらず開通できず。お立ち台も認識しない。その上、packageがうまくインストールできなかった。portsもだめだった。
 なぜーっ。
 絶叫しそうになる。よくよく見てみると、FreeBSDのバージョンが8.2ではなく、8.2 PRERELEASEとかになっていた。うわー、嘘。9.1もプレバージョンだったんだ。
 試行錯誤のしすぎにげんなりしてしまった。
 ここでFreeBSD 8.3をまた、インストールしたらUbuntuからここまで何の作業だったんだ、ということになるようなぁ。でもMacbook Airを買わないのなら残る手立てはFreeBSD 8.3だけなんだよなぁ。

 でも結局、FreeBSD 8.3をインストールした。
 ThinkPadを動かし、構成し、設定し、FTPを開通し、FFTPでDELLからデータを多量にいれている途中でお立ち台が使えることを思い出して、お立ち台からデータを移した。この作業は以前にくらべると、あっさりと済ませることができた。
 それはそうだろう。
 何度となく、UbuntuからPC-BSD 8.2まで苦労してきたのだから。
 その経験が生きた。
 そう思わなれば、やってられないぜ、まったく。

2013年1月4日金曜日

トラブルはある日、突然に(3)

  • 2012-12-30(日)
 日々の感覚がすっかりおかしくなってしまった。
 年末も押し迫ってきているというのに。今日は何日? 何曜日? そんな感じ。唯一、ラッキーだったのはJRAが開催されてない、ということぐらいだろうか。まぁ、それもあって曜日の感覚がおかしくなっているということもあるのだが。
 昼遅くに目を醒ましてUbuntuにするか、考える前に、試しにSSDをもう一度、DELLに繋いでみた。Windowsのディスク管理を立ち上げる。おおっ。何ということだ。認識している。
 よし。
 パーティションは認識されていないようのでTestDiskで修復して、ThinkPadにセットして電源をいれる。
 ブートしない……。
 いつまでもディスクアクセスにいっている。状況がふりだしにもどってしまった。SSDを抜き、ふたたび、DELLにもどす。今度はまったく認識されない。
 はー。
 ゾンビは動いていても死んでいるんだ。
 そういうことだ。

 やはりUbuntuしかない。
 サイトでインスールの情報を見ていたらWindowsから別のハードディスクにインストールできそうな按配だった。それならお立ち台にセットしたThinkPad用のハードディスクにインストールできるかもしれない。
 Ubuntu 12.10。
 どうやらこのバージョンからDVDでしか、インストールディスクを作成できないらしい。isoイメージをダウンロードしてきてDVDに焼いた。
 もちろん元々、そんな環境はもってなかったらDELLに必要なフリーウェアをインストールして環境を整えた。ところが、その過程で何か、へんなものがインストールされてしまう。ブラウザがHao123にアクセスに行くようになってしまった。
 くそっ。
 Windowsからのインストール手順に従ってUbuntuを入れたところ、はた、と気づいた。このディスク、どうやったらThinkPadからブートできるんだ?
 フォーマットは拡張NTFS。DELLでならCドライブにインストールで放りこまれたGRUB経由で起動されるのだろうが、このThinkPad用のハードディスクにはブートローダーははいってないぞ。
 たとえば、FreeBSDのブートローダーを入れたとしても起動しに行くのはWindows(そんなものは存在しない)で、NTFSの中にあるUbuntuを起動することはできないはずだ。GRUBならできるのか?
 だいたいUbuntuのインストールで結局、DVDからできなかったのはなぜだ?
 わざわざWindowsのCドライブにコピーして強引にインストールした。何か、へんだ。Ubuntuがおかしいのか、おれが馬鹿なのか。

 結論からいうと、おれが馬鹿だった。
 しかもこの馬鹿はGRUBをいれれば、起動できると考えて一生懸命、ThinkPad用のハードディスクにGRUBをいれようとしたのだ。何時間もかけてそれすら果せず、失意の中、気づくのだった。
 DVDがブートディスクだということに。
 つまりDVDをドライブにセットして電源をいれれば、よかったのだ。
 しかし、ThinkPadにはDVDドライブがない——。

 とすると、できることはひとつだ。
 DELLのハードディスクをThinkPad用のものに換装してインストールするのだ。実際、そうした。DELLをばらして内臓をいれかえ、日本語版Ubuntu 12.10をインストールした。
 ThinkPadにハードディスクをセットし、電源を入れた。
 ブートした、Ubuntuが。
 動いた。
 しかし、重い。
 重すぎだ。こんなに重かったっけ。しかもEmacsが動かせない。インストールされているか、どうかすら不明という状況。何しろターミナルが見当らない。Google先生に聞くと、アプリケーションメニューから動かせ、という。どこにもそんなものないぞ。アプリケーションメニューなんて。
 ユーザに余計なことをさせないためなのかもしれない。しかし、これではWindowsにも劣る。速攻、消すことにした。
 パソコンがダム端末になってしまった気分だった。

 やはりMacbook Airだ。
 それしかない。
 それでもあきらめきれず、何か適当なパッケージはないか、探す。かつてのVine Linuxのような。そうやってネット検索していたらPC-BSDというのを見つけた。USBメモリからもインストールできるようだ。
 おおっ。
 これだよ、求めていたのは。
 しかもベースがFreeBSDだというのはポイントが高い。
 早速、USBメモリにいれようとして——できなかった。
 よくよくサイズを見ると、DVD並みだった。道理でDELL上で解凍にすら苦労したわけだ。思わず、いろいろファイルを消してしまったぞ。結論はUSBメモリからは無理ということだった。
 しかし、おれはUbuntuのときに理解したのだよ。
 うちの環境でもDVDからインストール可能だと。
 早速、PC-BSDのインストールDVDを作成した。最新版の9.1を。
 今度は換装ではなく、お立ち台のハードディスクへインストールできるんじゃないか、と思いつき、慎重に(ここでDELLのディスクをふっ飛ばしたら泣くに泣けん)作業。実はUbuntuのときにも思いついていたのだが、このときはまちがってDELLにインストールしてしまわないように、と安全策をとった——しかし、今回はもう、マシンをばらす気になれなかった。
 せっかくきちんと元にもどしたのに。
 インストールは成功した。
 ThinkPadでも動作した。だいじょうぶだ。Ubuntuみたいにくそ重くない。
 しかもデフォルトでEmacsがはいっていた。
 るんるん気分だぜ。
 ブラウザはFireFoxではなく、Midoriという軽量ブラウザだった。
 ここはFireFoxをインストールしておくべきだろう。
 インストールしてしまえば、PC-BSDは結局、FreeBSDだ。sysinstallでpackageをインストールできるはず。
 が、なぜか、エラーになる。
 FreeBSD(一昨日はのことだが)ではうまくいったぞ。だいたいpackageの一覧取得でエラーになるとは何事?
 わかった。
 PC-BSD 9.1はFreeBSD 9.1なのだが、なんと、FreeBSDのサイトにはまだ、9.1のpackageが用意されていなかった。早すぎたのだ。きっとどこかのマシンでpackageを9.1用にリコンパイルしているところなのだろう。
 というか、まだ、FreeBSDの9.1はリリースされていなかったのではないか。
 強引に9.0のpackageをいれようとしたのだが、perlのバージョンがちがうとエラーになる。くはーっ。
 しかし、とりあえず、動く環境は手にはいったのだ。
 あとは整備すれば、いいんだ。最悪、Emacsさえあれば、いいのよ、おれは。
 時間がたてば、packageは解決する——はず。
 なので、データを移行することにした。
 まずはFTPが使えるように……あれ、使えない。おかしいな……。開通できないぞ。ローカルからはftp接続できるのに。TCPラッパーが邪魔をしているのだろう、というところまでGoogle先生の協力でわかったのだが、教えていただいた方法では解決しない。
 面倒になった。
 お立ち台から入れっちまえ、とUSBで繋いだ。
 ところがお立ち台を認識してくれなかった。以前はたしかに認識していたのに。PC-BSDではなかったけれど——なぜだ。

2013年1月3日木曜日

トラブルはある日、突然に(2)

  • 2012-12-29(土)
 何が起きているのか、わけもわからず、もう一度、TestDiskで復旧作業をしようとした。しかし、なぜか、SSDを見つけることができない。何度か、試してみた。何? 何が起きている?
 Windowsのディスク管理から見てもSSDが表示されない。
 昨日はたしか、表示されていたよなぁ……。そこまで考えて愕然とする。SSDが認識されてないんじゃないか。
 うわぁ。そうすると、ThinkPadのWindows XPを復活させるのは不可能だ……。
 もういっそ新しいノートブックを買うか。Macbook Airを買うか。買ってしまうか。Apple Storeを見に行ってしまう。いいよなぁ。ディスプレイが横長なのが不満だが。金はないけど、買っちまうか……。でもなぁ、この1月2日、初売というのは何だ。もしかしたら初売には割引するということではないのか(実際そうだった)。今、買ったら後悔するのではないか。どうせ注文しても来るまで三日ぐらいかかる。そこから設定をいろいろしたら何だかんだと年を越してしまう。
 それに性格的に使えるのに使わないというのは嫌なんだなぁ。難儀な性格だが。
 そう。SSDは逝ってしまったが、まだ、ThinkPadは使えるのだ。データはDropboxとSugersyncでDELLに同期してあるので問題ない。あとはOSさえ、あれば。じゃあ、FreeBSDをいれるか——先代のThinkPadも最終的にFreeBSDをいれて使っていた。
 その記憶が愚かな選択をさせたのかもしれない。
 元々、ThinkPadにはいっていたハードディスクにFreeBSDをインストールするという……。Sugersyncは使えないが、DropboxはLinux上で動作するはずだし。それならFreeBSDで使える可能性が高い。Linuxエミュレータがあるだから。
 しかもFreeBSDはネットワークからインストールができたはずだ(昔はできた)。

 問題はThinkPadに接続するDVDドライブがない、ということだ。
 インストールディスクはDELLで作成できるだろう——ところがThinkPadで使えない。おやUSBメモリもインストールメディアにできるのか……。待て。USBメモリならどこかに転がっていたはずだ。
 それで無事、インストールを開始できた。
 たしかXの設定が面倒だったんだよなぁ。だいたいThinkPad X60用のディスプレイドライバはあるのだろうか。ディスクのパーティションを切ったあと、インストールするpackagesを探す作業で眩暈がした。あまりに数が多い。どこに必要なものがあるのか、さっぱりわからない。カテゴリわけされていたとしても。
 検索機能をつけてくれ。
 とりあえずFreeBSD 8.3をネットワークからインストール。Emacsは必須。
 キャラクタベースの画面だが動くことを確認。FreeBSDのサイトでガイドブックをザッピングしてFireFoxとかを追加でいれ、デスクトップ環境として軽そうなXfceというのもインストール。動作することも確認。使い方はよくわからないが。Emacsも動作。
 FTPも開通させた。
 これでDELLからFFTPでデータを移行できる——はず。
 FireFoxでネットアクセスできることも。
 しかし、これ以降の作業に眩暈を覚える。とにかくEmacsが使えるようにしなければ、話にならん。SKKをいれて最低でも日本語入力できるようにしなければ。
 FFTPでデータを移しながらふと思いついてお立ち台を繋いで認識することを確認。そうやってデータをごっそり入れたが、さすがに疲れた。
 寝る。
 寝る寸前、ふと思いつく。もしかしたらUbuntuをいれたらいいんじゃないか?
 DELLのVmwareにいれてあるUbuntuは結構、すぐれものだった。まったく使わないけど(今もはいっている)。日本語バージョンでEmacsもデフォルトではいっているし、他にもいろいろと有用なソフトもあった。あっさり使える状態になるんじゃないか。FreeBSDをしこしこ設定していくよりも。
 だいたいブランクが長くてさっぱり状況がよくわからん。FreeBSDを使っていたのはXがXFree386のころなんだよなぁ。気づいたらXOrgだもんなぁ。
 Ubuntuか。
 しかし、それは悪魔の囁きだったのかもしれない。

2013年1月2日水曜日

トラブルはある日、突然に(1)

  • 2012-12-28(金)
  競馬データをがんがんThinkPadに処理させていてふと気づくと、ブルースクリーンになっていた。どうやらSSDがパニックになったらしい。今までにも二度ほど経験がある。ところがリブートしてみたところ、ずっとディスクアクセスにしたまま、立ち上がらない。あれ?
 何度か試してみたが、だめ。
 やべーなー。MBRが飛んだのか。
 年末のこの時期だが、まだまだThinkPadは使う用事がある。
 まずいのはSSD換装したときの元ディスクは初期化してしまったということだ。つまりThinkPadで動くWindows XPはこのSSDの中にしかない。
 まぁMBRが飛んだくらいなら復旧できるだろう、とGoogle先生に聞いていろいろ作業をしたのだが——古いフロッピィディスクが結構、ボロボロで苦労した。結局、うまくいかず。
 昔、FreeBSDのインストールディスクでブートマネージャーだけをディスクに書きこんで復旧したことがある。その手を使うか、とFreeBSDのサイトにブートイメージを取りにいったらなんと、今やフロッピィでのインストールディスクはない、という。以前、作ったインストールディスクは壊れていて使えない。こまったなぁ、と思っていたらふと、FreeBSD 2.1.5のCDを持っていることを思い出した。そこにブートイメージが入っていたはずだ。それでインストールディスクを作成してFreeBSDをインストール。もちろん、実際にはインストールせずにふりだけでブートマネージャーをロードするつもりだった。
 ところが、ディスクを認識しない。
 あれ?
 あっ。そうか。このインストールディスクはATA時代のものだ。ThinkPad X60はS-ATA。デバイスドライバが存在するわけはない。がーん。一方、平行していろいろとGoogle先生にたずねていたのだが、TestDiskという復旧ソフトがあることを知る。

 うちのマシン構成はこうだ。

・デスクトップ1台(DELL)CD/DVDドライブ付き
・ノートブック1台(ThinkPad X60)
・USBフロッピィディスク
・お立ち台(USBの外付けハードディスク)2台
・家庭内LAN有り

 他、iPad miniやなんやかんやとあるが省略。

 この構成だと、ThinkPadのSSDをお立ち台にいれてDELLからTestDiskで修復だな。
 で、DELLにSSDを繋いでみたのだが、ちょっと嫌な予感がした。ディスク管理で見たところ、SSDのパーティションを認識してなかったのだ。もしかしたらPBRも逝ってしまったのかもしれない。しかし、TestDiskでなら復旧できそうだ。
 Deep searchの途中でパーティションを認識したようなので、安心してsearchをしたまま、やすらかな眠りについた——ところが。
 ところがである。
 翌朝、見ると、searchが途中でハングアップしていた。
 えっ、何で?

2012年12月21日金曜日

pha「ニートの歩き方」

ニートの歩き方

 おもしろかった。
 もっともそれはぼくが現在、無職で今までにも何度か、働いては無職になる、ということをくりかえしているような人間だからかもしれない。「働かざるもの食うべからず」と思っている人間には噴飯ものだろう。
 こちとら、子どものころから「遊んで暮らせるならいいとみんな思ってるの!」(でもそれができないのだから働け)と(そんなこと、思ってもいなかったのに)何度となくいわれ、成人してからも無職になって年下の人間に「労働は国民の義務」とか「憲法で決められている」とかいわれ、「なんで働かないの」といわれて「嫌だから」と答えて説教されたことのある人間だ。おもしろく読めて当然かもしれない。別に自分の生き方(そんな大仰なものではないが)を肯定さているからというわけではないのだが。
 シェアハウスのくだりではふと押川雲太朗の「BET!」を思い出した。

2012年11月18日日曜日

iPad mini到着

 
 iPad miniを買うことにした。
 ほとんど唐突に。
 というのも今、持っているiPad2と大きさ以外はまったく同じで、重さが半分だと知ったからだ。同じディスプレイ解像度なのでアプリも同じように使える。iPhoneのアプリをiPadで使うようなみじめな思いとしなくて済む。
 ほとんど生活がかわるほど、iPadの影響はあったのだけれど、唯一、不満なのは重いということだった。それが克服できるかもしれない。
 よし。買おう。競馬で勝ったら。
 そう決意した翌日、ひさしぶりに競馬で勝ってしまった。
 神の声を聞いた、といっても過言ではあるまい(笑)。

 それに左肩がおかしくなったということもある。いわゆる五十肩だと思うが、原因のひとつはiPad2のせいだとにらんでいる。というのもiPad2を買ってから家にいるときは、以前のようにパソコンを使わずに延々、iPad2でネットサーフィンしていたからだ。そのあいだ、ずっと左手でiPad2を支えているのだ。そりゃ、左肩がおかしくなってもへんじゃない。
 切実に軽くしたかった。

 今朝、iPad miniが到着した。
 実物を見るのもはじめてなら触れるのもはじめてだった。
 のけぞるぐらい軽かった――おそろしいことにiPhone4Sよりも軽く感じた。もちろん錯覚にちがいないのだが、iPad miniのあとに持つと、iPad2が信じられないぐらい重い。
 これは――。
 もうiPad2にもどれない。
 そう思わされてしまった。
 Appleさん、あんたの勝ちだ……。

2012年11月13日火曜日

アミール・D・アクゼル「天才数学者列伝 数奇な人生を歩んだ数学者たち」


アミール・D・アクゼル「天才数学者列伝 数奇な人生を歩んだ数学者たち」

 1÷3の結果はコンピュータで表現できないよなぁ、と思っていた。0.33333...(あと無限につづく)だから。でも分数としてなら表現できるよなぁ。つまり「1/3」である。何でそうしてないのだろう?
 浮動小数点という丸めが発生するものをつかっているんだろ?
 馬鹿なのはぼくだった。
 まぁ、結果はあきらかだったのかもしれないのだが――アミール・D・アクゼル「天才数学者列伝 数奇な人生を歩んだ数学者たち」を読むまでそのことに気づかなかった自分に愕然とした。なんとぼくは無理数は分数で表現できると考えていたのだ。整数の間(たとえば、0と1の間)の小数はすべて分数で表現可能だと。
 実はそうでないのだが、それは「神は数である」とするピュタゴラス学派自身がピュタゴラスの定理によって数(整数と分数)で表現できないものがあることを証明してしまったという。ずいぶんと昔の話である。
 何が愕然とするってぼくはピュタゴラス学派のこのエピソードについては知っていたのだ。アルトゥーロ・サンガッリ「ピュタゴラスの復讐  数学ミステリー」で読んだし、たしか別の本でも読んで知っていた。
 なのにまったく気づいてなかった。
 馬鹿である。
 ずっと有理数についてかんちがいしてたんだなぁ……。この歳になるまで。歳は関係ないけど。