2014年3月31日月曜日

バックアップ(pdumpfs)

 転ばぬ先のバックアップ。そいつが問題なのだった。
 今まではデスクトップ(Windows)に外付けハードディスク(お立ち台使用)を接続し、ThinkPad(FreeBSD)からrsyncを使ってLAN経由で同期していた。デスクトップからも同様。このやり方だと、完全同期ではないので過去に削除したファイルがバックアップにまざって残りつづけてしまう。残ることは問題ではないのだが(それが目的だから)、まざってしまうのが問題だ。
 バックアップからもどしたら削除したはずのファイルをふたたび、手作業で削除しなければならない。更新されたファイルの過去バージョンは復活しないし。
 昔はまるごとSubversionというバージョン管理システムにつっこんでいたのだが。パソコンをかえたとき、なんか面倒になってやめてしまった。

 そんなとき、Appleの「Time Machine」のことを知った。

 日付をつけたフォルダの下に丸ごとバックアップされるので過去のスナップショットをとりだすことができる、という。これはいい。容量が心配だが、最新から差分だけをバックアップし、かわっていないファイルはハードリンクになっているので消費容量は差分分だけ(だから更新したファイルの過去バージョンもとりだせる)。
 あっ、その手があったか、と思ったね。頭いい。
 いっそパソコンをAppleにしてしまおうか、と思ったけれど、どこかに同じようなツールがあるのではないか、と探してみたところ、pdumpfsというものを見つけた。
 というか、このツールのことは以前、「横着プログラミング 第8回: pdumpfs: 毎日のスナップショットを保存する」で読んでいるぞ、おれ。すっかり忘れていた。
 しかも最新のrsyncは同じことができる、という。(--link-destオプション)
 まぁ、日付フォルダの管理が面倒なので、そのあたりを勝手にやってくれるpdumpfsを導入(Windows版もある)。LAN対応されているか、どうかはわからないが(manマニュアルには載ってない)、面倒なのでデスクトップ、ThinkPadそれぞれにお立ち台を接続してバックアップすることにした(二台もっているのだ)。
 ついでにバックアップ対象をホームディレクトリの下、全部にしてやった。

 実はFATではできなかったのでNTFSでもハードリンクは未サポートとばかり思っていた。だから「Time Machine」のような真似はできないと。ところがサポートされていて、なのでpdumpfsもrsyncの–link-destオプションも使えるのだった。

 それにしてもpdumpfsの存在に気づかなかったら「MacBookAir」と「Time Cupsule」を衝動的に買ってしまうところだったぜ(消費税もアップすることだしと)。いやぁ、あぶなかった。

2014年3月24日月曜日

ViViに嫌われてしまったよ

 もらわれてきたばかりのころは当たり前の話だが、警戒心旺盛だった。目が合うや、逃げ出してばかりいた。しかし、やがてメシをだしてくれる相手と認識してくれたのか、時には触ることもできるようになった。
 ところがだ。
 今や警戒心丸出しで睨みつけられる始末だ。触ることができる距離にもけして近寄れない。ViViなど手をのばすと威嚇してひっかいてくるほどだ。
 避妊手術のために二度、強引に捕まえた。それ時、以来——。
 すっかり嫌われてしまった。
 何しろ、そのとき、ViViは恐怖のあまり、脱糞した。おしっこも漏らした。ラックの奥に逃げ込む道々にはころころとウンコが転がっていたのだ。
 そんなことをあった以上、しかたないといえば、しかたないのだけれど。

 ——でも悲しい。
 とても悲しい。

2014年3月18日火曜日

ダン・アリエリー「ずる―嘘とごまかしの行動経済学」

 ダン・アリエリー「ずる―嘘とごまかしの行動経済学」

 ちょうど本書を読んでいるときにSTAP細胞の騒ぎが起きていてとても微妙な気分になった。twitterで小保方研究ユニットリーダーの大学のときの論文が盗用だとdiff画像が流れてきたりした。
 これがわりと不思議だった。どうやって調べたんだろう、と。
 調べた人間は世の中にある論文とかたっぱしから突き合わせていったのだろうか?
 その分量を考えると、それはそれで調べた人間の執着心がこわいなぁ、とか思っていたのだが、どうやらそういうわけでないらしい。実際にはどうやったのか、は知らないが、ダン・アリエリー「ずる―嘘とごまかしの行動経済学」を読んでいたら論文盗用をチェックしてくれるWriteCheck.comというサイトのことがでてきた。
 あ、そうだったのか。それだったらわかるわー。

2014年3月17日月曜日

STAP細胞

 STAP細胞のことが発表されたときはけっこう衝撃だった。といってもはじめてテレビ報道で見たときはさっぱり意味がわからなかった。研究ユニットリーダーの割烹着の話ばかり報道されていたこともあって。研究内容についてはよくわからない。そこで理化学研究所のサイトの報道発表資料というものを読んでみたのだが——。
 いやぁ、驚いた。
 細胞外からの刺激で細胞が万能細胞になる——初期化される、というのである。そんなことがありうるのか。twitterで「弱酸性ビオレで細胞が初期化されるのかっ」というツッコミを見かけたけれど、これがほんとうならノーベル賞ものというのも、最初、ネイチャーに論文の掲載を断わられた、というのも納得だった(にわかに信じられない話だから)。

 ところがその論文に問題があり、取り下げられる、という。

 そのこと自体はそうだったのかー、という感じなのだが、興味深かったのはtwitterなどであらためてSTAP細胞を見つけてください、という研究ユニットリーダーを応援するメッセージがちらほらあったことだった。STAP細胞が存在するという前提のメッセージが。そして、STAP細胞の存在が否定されたわけではない、という発言も見かけた。たしかにそうなのだが、これってまるでSTAP細胞は存在しているといっているようにも聞こえる(発言者はそう意図してないとは思うが、中立的な発言が中立に聞こえない)。
 不思議なことにぼくの中にもその感覚はあって、残念だよなぁ、という思いがあったのだが、よくよく考えてみると、これは奇妙な話だ。
 論文が取り下げられた時点でSTAP細胞についてはその発表以前の状態にもどったはずなのだ。それなのに以前ならそんなのありえないだろう、と考えていたのが、今はありうるかもしれない、と考える部分がある。

 ああ、これが行動ファイナンスでいう、「アンカリング」というやつか。
 すくなくともSTAP細胞発表前にあった予断——常識が論文にたとえまちがいがあったしても破壊されてしまったということだろう。もしほんとうなら、と用心深く考えていたにもかかわらず。
 こまったもんだ>自分。

2014年3月11日火曜日

諫山創「進撃の巨人」(8)

 諫山創「進撃の巨人」(8)

 ——驚愕した。
 諫山創「進撃の巨人」(1)のとき、すごい話題になっていたのだけれど、タイミングが悪くて読みそこねていた。なんとなく、絵が稚拙に見えたということもある。アニメになってはじめて「進撃の巨人」に触れてのだが、2、3話目でげんなりして観るのをやめてしまった。
 ところがあとになって録画していたやつをまとめて観ていたら急激におもしろくなっていて結局、最後まで観て、後追いで原作マンガを読みはじめたのだが、ちょうどアニメ化されていた最後のところで驚愕の展開が待っていた。
 ひっくり返るほど驚いた。
 wikiでうっかり読んでしまっていたエピソードだったのだが、それがゆえにミスリードしていてその分、余計に驚いてしまった。こう来んのかよっ。
 いやぁ、凄いわ。

2014年3月10日月曜日

J・リー・トンプソン監督「ナバロンの要塞」

J・リー・トンプソン監督「ナバロンの要塞」

 年のせいだろう。
 もう一度、観たいなぁ、と思っている映画が何本かあり、「ナバロンの要塞」は「狼は天使の匂い」とならんでその筆頭だった。たぶん高校のときだったと思う。テレビで放映されているのを観た。
 レンタルビデオ隆盛のころ、探したことがあったのだが、見つけることはできなかった。「ナバロンの嵐」という続編は何度か、見かけたのだが(ハリソン・フォードがでている。未見)。
 非常におもしろかった記憶がある。ロッククライミングのシーンとか。今回、観てテレビ放映のときはだいぶんカットされていたことに気がついた。見張りを射殺して砲塔基部に侵入するシーンはまったく記憶になかった(忘れているだけかもしれないが)。まぁ、テレビはCMこみで二時間枠だったものな。実際の本編は二時間半以上、あった。
 いずれにしてもおもしろく、手に汗にぎる一本だった。原作の力だろうが、あちらこちらのエピソードは原作のアリステア・マクリーン「ナヴァロンの要塞」とはちがっているようだった。確信はないけれど。たしかめようにもたぶん絶版で手にはいらないんだよなぁ、原作。
 持っていた文庫本は実家の親に捨てられてしまったし。
 読み直したい一冊でもある。

アリステア・マクリーン「ナヴァロンの要塞」、あったわー。どうしよう。お金がお金がお金が……orz

2014年3月4日火曜日

マーク・スカウソン「自由と市場の経済学: ウィーンとシカゴの物語」

 マーク・スカウソン「自由と市場の経済学: ウィーンとシカゴの物語」

 非常におもしろく読んでいたら気になる一節があった。
 実質賃金と失業の間に密接な統計的関係があるというのだ。そういう研究結果があると。あれ。今の日本がそうじゃねえか。政府(安倍首相)は企業に賃上げを求めている。

政策により均衡水準を超えて賃金を上昇させると、失業が広い範囲で起こりつづけると論じた。

 とある。
 まぁ、均衡水準というのが問題になるのだろうが、もし現在の賃金水準が均衡していないのなら、そのこと自体が問題だろう。その問題をまず解決すべきだろうし、仮に均衡しているのなら賃上げを求めるべきじゃない、ということになる。
 失業率があがるのなら弱い立場の人間から失業していくことになるだろうから、非正規労働者、契約社員から職をうしなっていくことになる、というわけか。
 わあ、なんか嫌な未来だなぁ。

2014年3月3日月曜日

市川崑監督「犬神家の一族」/横溝正史「犬神家の一族」

 市川崑監督「犬神家の一族」
 横溝正史「犬神家の一族」

 映画もたいがい、傑作だったけれど、原作はそれ以上だった。
 しかも映画を観てから読んですっかりネタがわかっていたにもかかわらず。ただ、読み終えるまで実は内容はすっかり忘れているけれど、中学のときに読んだとばかり、思っていた。
 というのも犬神家がどうして隆盛をきわめたか、ということについて記憶があったからだ。テレビで放映されたとき、ちらちらと断片的に観てそのネタに触れて、ああ、そうだったよな、とか思った記憶があったのだ。
 それに通して映画を観た覚えはなかった。
 ところが読み終えてみると、原作では犬神家がどうして隆盛をきわめたか、なんてそんなネタはなかったのだ! 見落としただけかもしれないが、どうやら映画のオリジナルの話だったらしい。つまりぼくはテレビで断片的に観たときと、通して観たときがあってそれでどちらかを原作を読んだときの記憶とかんちがいしていたのだろう……。

 それにしても「私はしかし(中略)いまもなお、勝ってくるぞと勇ましくと、日の丸の旗をふって送られた、あの当時の日本人だとばかり信じていたんです」という科白は映画の中でもあったと思うのだけれど、小説では胸に迫るようだった。