2015年3月30日月曜日

大竹智也「Emacs実践入門 ~思考を直感的にコード化し、開発を加速する」

 大竹智也「Emacs実践入門 ~思考を直感的にコード化し、開発を加速する」

 まぁ、なんだかんだいって長いこと使っているのだけれど、Emacs。なのに知らないことだらけで付箋だらけになってしまった。すっかり忘れてしまったこととかあったし。
 それなのにいろいろ試してみた結果、init.elにいれた修正は次の一行だけだった。あれ?

(modify-coding-system-alist 'process ".*sh" 'utf-8-nfd)

 MacBook Airになってからどうもshell-modeでlsをかけると、日本語ファイル名の濁音が分離するなぁ、とは思っていたのだ。原因はMacOSでのUTF-8の扱いが特殊だからしかたないなぁ、と。ところがよくよく考えると、dired-modeでは濁音は分離しない。「ベ」は「ベ」のまま。「ヘ」+「゙」にはならない。
 EmacsはMacのUTF-8にも対応できているらしい。P86を見るまで気づきもしなかった。まったく早く気づけよ、おれ、という感じ。

 ちなみに「ls ベ*」では「ベ」ではじめるファイルはひっかからないが、「ls ヘ*」ならひっかかる。考えてみれば、当たり前な話。これも気づくのに30分ほどかかってしまった。Emacsとは関係のないことだけど。

2015年3月26日木曜日

Emacsからspot-light

 辞書検索もできるようになったのだからspot-lightもできるようにしたいじゃないか。mdfindコマンドでspot-light検索できることは知っていたのだけれど、プログラミングするのが面倒だなぁ、と思っていたらすごい簡単な方法があることを知る。

http://truongtx.me/2013/09/13/macos-spotlight-search-inside-emacs/

 locateの実行コマンドをmdfindに置き換えるだけ。
 というか、locateというコマンドのことなどすっかり忘れていた。ああ、そういえば、そんなもんあったな。
 結果が表示されるlocateから「!」で「open」と実行してもいいんだけど、Meadowのころにどこかで見つけていれておいた、diredでの外部プロセス実行をマップすることに。(locate-modeはdired-modeを継承していたので)

;; diredで外部プロセス起動
(add-hook 'dired-mode-hook
   (lambda ()
     (define-key dired-mode-map
       "W" 'dired-open)))

(defun dired-open ()
  (interactive)
  (let* ((file (dired-get-filename))
  (extension (file-name-extension file)))
    (deferred:process "open" file)))

;; locate-modeで外部プロセス起動
(add-hook 'locate-mode-hook
   (lambda ()
     (define-key locate-mode-map
       "W" 'dired-open)))

2015年3月25日水曜日

ロバート・L.スティーヴンソン「ジキルとハイド」

 ロバート・L.スティーヴンソン「ジキルとハイド」

 冒頭に既読感があってあれ、と思っていたのだけれど、子どものころ、学研の「科学と学習」あたりでマンガ化されたものか、子供向けのダイジェスト版を読んだのだろう。非常におもしろく、一気に読み終えた。
 まぁ、短いというのもあるけれど。
 よくできていて感心しきり。ただの二重人格の話ではなかった。ストーリーがたくみでうまく、前半を駆動するジキル氏の遺言のことなどはじめて知った(ダイジェスト版ではカットされていたのだろうな)。

2015年3月24日火曜日

Emacsから辞書検索

 MacBook Airを買って感心したのは辞書(スーパー大辞林/ウィズダム英和辞典/ウィズダム和英辞典)がデフォルトではいっていることだった。どうせネットで検索するからと今までは思っていたのだけれど、やはりローカルにあると気分がいい。
 でもいちいち辞書を起動するのは面倒だな。
 Emacsから検索できるようにだれか、つくっていないかなぁ、とググったりしたのだが、あまり情報がない。簡単すぎてだれもパッケージ化していないのかもしれない。
 Googleサーチ呼び出しと同じ手で関数を作成した。

(defun y-dict (string)
  "dict呼び出し"
  (interactive "s")
  (do-applescript
   (concat
    "open location \"dict:///"
    (url-hexify-string string)
    "\"")))

2015年3月23日月曜日

EmacsからGoogleサーチ

 ふと、mode-lineのMajor mode名をクリックしたらGoogleサーチの項目があらわれた。「Search With Google」。なんじゃ、こりゃ? はじめてみた。FreeBSDのEmacsではそんなものはでてこない。CarbonEmacsだから?
 よくわからないが、使ってみると、どうやらリージョンの内容で検索してくれるらしい(Safariが動く)。でもどちらかというと欲しいのはミニバッファから文字列を入力しての検索なので、どんな風にやっているか、ソースを見ようとしたのだけれど、describe-keyがうまく効かなくてソースの該当個所がわからない。ソースを検索しても不明。browse-urlでgoogleを呼び出しているようにも見えるが、結局、うぎゃっとなってネット検索。
 すったもんだのあげく(browse-urlはfirefoxがデフォルトになっていてうまく動かなかった)、AppleScriptを呼ぶelispがあることが判明。do-applescript。ラップ関数を書く。

(defun y-google (string)
  "google search呼び出し"
  (interactive "s")
  (do-applescript
   (concat
    "open location \"http://www.google.com/search?q="
    (url-hexify-string string)
    "\"")))

 うっきゃっきゃっ。

2015年3月18日水曜日

神永正博「未来思考 10年先を読む「統計力」」

 神永正博「未来思考 10年先を読む「統計力」」

 おもしろい。
 二点、目から鱗が落ちた。

 ——「首都圏直下型の大地震か、今後30年間に起きる確率は70%である」

 これについてはいっていることがうまく理解できず、考えたことがあるのだが(頭の中だけで)、どこからこのような話がでてきたか、本書で概説してくれている。とくに

関東大震災を引き起こした相模トラフ地震の繰り返し期間は、400年程度と推定されています

 ということには、何だ、東京から逃げ出す必要ないじゃん、と思ってしまった。これで明日、関東大震災に遭遇したとしてもそれは運が悪かった、というレベルじゃないか。ひどい目にあうだろうから、そうもいってられないだろうけど。
 それにしても本書が出版されたのは東日本大震災以前なので、筆者が宮城の大学へ転職したとき、友人から「東京に地震が来るってときに仙台へ行くとは…………つくづく悪運の強い奴だな」といわれた、というエピソードにはへんな感慨が覚えた。

 もう一点は人口ボーナスについて。

 日本の高度成長期は人口ボーナスの結果だという説があるのだけれど——だから高齢化する日本はもうだめだ、という結論になる——、どうやらこれは役割としては大きくなかった、という研究結果があるらしい。

1957年から1970年の間は、全要素生産性がとても大きな役割を果たしていたことがわかります。この頃は、欧米の進んだ技術を取り入れることで、劇的に生産性が上がっていたと考えられます。

 おおっ、たしかに指摘されれば、高度成長期はベビーブームで人口が急増したこともあるけれど、インフラが——田中角栄の「日本改造論」ですな——急速に進んだ時期でもあるのだった。

2015年3月16日月曜日

神永正博/小飼弾「未来予測を嗤え!」

 神永正博/小飼弾「未来予測を嗤え!」

 未来予測なんてこんなにも当たらないもんだよ、という本か、と思っていたら全然、ちがっていた。Google、Apple、Facebookなど、ITの巨人はどれもアメリカ発だという指摘にははっとしてしまった。おもしろい。
 ただ、筆者——対談本なので対談者?——のひとり小飼弾の提唱するベーシックインカムについての話がでたとき、違和感を覚えた。小飼弾「働かざるもの、飢えるべからず」のときはおおっ、その手があったのか、すばらしいと思っていたのだが。
 F・A・ハイエク「隷属への道」の影響だろう。
 生殺与奪権を政府に完全に握られてしまうのはまずいのではないか。
 もし小飼弾のいうベーシックインカムが実現されたら、ベーシックインカムに依存する人間はまちがいなくでてくるだろう。それ自体は悪いとは思わないし、おれなんか、まさにそうなるだろう(確信がある)。しかし、そういう人間は政府——国に生殺与奪権を握られていることと同じになる。そうなったとき、国に食わせてもらっているのだから御国のために尽せ、というドグマに抗えるだろうか……。むずかしいのではないか、大部分の人間にとって。

2015年3月13日金曜日

Mini DisplayPort - VGAアダプタ

 わりと大判のマンガを自炊したらMacBook Airで読むのがかったるいことがわかった。ディスプレイの縦サイズが768しかないからだ。1ページ見るように表示すると、さすがに小さすぎて字が読めない。
 AppleTVでテレビに表示してみたりもしたのだが、ピンとこなかったので、破棄したはずなのになぜか、手元に残っているDELLのディスプレイを利用することにした。
 それには「Mini DisplayPort - VGAアダプタ」が必要である。
 なのに。

 という始末。
 しかたないのでパチモンを買うことにした。


PCモニタ対応 Mini DisplayPort to VGA変換アダプタ 〔白〕【Apple製品・Surface Pro/Pro2/Pro3対応】〔Vodaview製品〕

こんな感じになった。

2015年3月12日木曜日

アゴタ・クリストフ「悪童日記」

 もうなんというか、あまりにもラスト一行に痺れたせいで、だれかれかまわず、そのことを話したい欲求にとらわれているのだが、ネタばれになるので自粛。

2015年3月11日水曜日

F・A・ハイエク「隷属への道」

 F・A・ハイエク「隷属への道」読了。

 世の中には賢人というものがほんとうにいるもんだなぁ。
 最近よくそんなことを思う。

 「隷属への道」を読み出してすぐに思い出したのはまだ、FreeBSDのメジャーバージョンが2ぐらいのころのことだ。次のような意見を目にした。どうしてFreeBSDとLinuxと別々に開発しているのですか、いっしょに開発すれば、もっといいものができるでしょうに——そんな残念だといわんばかりのニュアンス。
 わかってないなぁ、というのが感想だったけれど、それをうまく言語化できなかった。何をわかってないというのか。
 似たような話はたとえば、プログラム言語の開発——Rubyとか、Perlとか、いろいろなプログラム言語があることにたいしてある。どうしていっしょにやらないの? 無駄じゃない? 優秀な頭脳の無駄遣いじゃないの、というわけ。

 「隷属への道」を読んでいてなぜか、その反論の言語化のきっかけを得た。
 いっしょに開発すればいいのに、といっている人間は「いい=悪い」という価値軸がひとつしかない、と考えているのだろう。しかし実際には人によって「いい=悪い」は千差万別だろうし、様々な価値軸が世の中には存在する。それを無駄遣いと断じるのは多様性の否定でもある。
 など。

 そして、日本の政治は物事を決められない。リーダーシップがない(だから大統領制にすべきだとか)。動きが鈍いからいざというときに対応できない——という批判。ぼく自身もそんなふうに感じてもいたのだけれど、そうではないのかもしれない、と「隷属への道」を読んで考えをかえた。
 本質的に民主主義は決められないものだ。多様な意見が存在し、そのせめぎあっている——それができるということが民主主義の良いところである。そんなふうにハイエクはいっているようだった。
 それは多様な意見を尊重する、ということでもあるのではないだろうか。

 そういえば、大山史朗「山谷崖っぷち日記」でも次のような一節があった。

何よりもこのような貧富の格差が露骨に誰の目にも入って来るような社会は (ゴミ箱を漁る人々が収容所に送られたりはしない社会は)、価値の多様性が容認されている社会でもあるはずである。

 ——不思議とシンクロしているように感じる。

2015年3月9日月曜日

鈴木大介「老人喰い」

 鈴木大介「老人喰い」

 オレオレ詐欺が話題にのぼりはじめたころ、思ったものだった。老人がなんだかんだと優遇されている現在、若者たちによる反乱——それが老人をターゲットにしたオレオレ詐欺ではないか。そのような文脈でこれらの詐欺事件を捉えることができるのではないか、などと。
 そういう意識をもってオレオレ詐欺をやっているのは皆無だろうが。

 と思っていたらまさにそのような意識で強いモチベーションをもってオレオレ詐欺に邁進しているのだ、という。内部でそのように啓蒙し、罪悪感を抑制し、目的意識を高める……。筆者が取材した範囲のごく一部だけのことかもしれないが。うーむ。なかなか凄い話だ。

2015年3月8日日曜日

大山史朗「山谷崖っぷち日記」

 大山史朗「山谷崖っぷち日記」

 一読、こうなってしまうかもしれないという思いと、とてもなれそうにない、という思いを同時に抱いた。むしろ一番ありそうなのは山谷で崖っぷちにとどまることもできず、あっさりと転落してしまうことだろうな。うん、それが一番、ありそうだ。性格的に。

2015年3月5日木曜日

クエンティン・タランティーノ監督「パルプ・フィクション」

 クエンティン・タランティーノ監督「パルプ・フィクション」

 たぶん二度目の視聴。
 日本語吹替はタランティーノにはあわねー、とか思いながら観たのだけど、冒頭のチンピラに驚いた。ティム・ロスじゃん。「ライ・トゥ・ミー」とか、「コッポラの胡蝶の夢」とか、「インクレディブル・ハルク」に出ていた。
 知らなかった。
 さすがに若い。20年も前だもんなぁ。