2010年12月29日水曜日

馬券の回収率についてなど

 競馬のテラ銭は通常なら25%、単勝式なら20%と聞いていた。
 これは単純に馬券を買いつづければ、回収率がその割合に収束するということでもある。これはどんなギャンブルでもそうだろう。勝つための方式が存在しないかぎり。
 パチンコなどのテラ銭はその店の心積もり次第だろうが、競馬では法律でその割合が定められている。それが25%であり、20%だという。競馬法のわけのわからない文章を眠くなりながら読んでみて25%という数字はどこにもなかった。ついでにいうなら単勝式および複勝式にたいする特別な還付という項目もぼくは見つけ出すことができなかった。結局、直接的な25%という数字はなく、ちょっと複雑な数式を読み解いてみると、だいたい、25%ということになるらしい。ぼくがざっくり計算してみたら73.8%ぐらいだった。
 眩暈がするような数値だ。
 こんな不利なギャンブルを毎週、やっているか、と思うと吐き気すら覚える。
 ちなみに競馬法には次のような項目もある。

競馬法
第10条 払戻金を交付する場合において、前3条の規定によつて算出した金額に1円未満の端数があるときは、その端数は、これを切り捨てる。
2 前項の端数切捨によつて生じた金額は、日本中央競馬会の収入とする。

 いわゆる端数効果である。
 当たり前だが、これは確実に回収率を下げる役割を果すことになる。これってどのくらいなのだろう……。これ次第で毎年の回収率はかわるはずだ。
 単勝について調べてみた。

 全レースの全通り全頭の勝ち馬のオッズの総計 ÷ 出頭総数

 これで単勝の回収率がでるはずだ。これはいわゆるテラ銭の率に収束するはずなのだから――その差が端数分ということになる。JRAが嘘をついていなければ。
 次がその結果。


出頭総数オッズ総計回収率
20014711634276.60.72749
20024867135926.90.73816
20034744235552.00.74938
20044730932783.30.69296
20054770234514.60.72355
20064874935580.20.72987
20074854735829.40.73804
20084990936466.30.73066
20094952935107.10.70882
20104960035027.20.70619


 ええっ、てなもんである。
 去年、今年は回収率はだいたい70%。これはテラ銭が30%ということを意味している。なんだ、これは。おれが競馬を再開したからか? それにしても端数効果5%とは……。どんだけ馬券購入者の財布からぶんとっているんだよ……。

 そして、この結果を見ると、単勝式のテラ銭は20%というのは都市伝説かなにかだったらしい。

2010年12月23日木曜日

かつて住んでいた街

 大学生だったのはもう二十年以上も前のことだ。
 当時――卒業したばかりのころは四年間はずいぶんと長かったように感じていたけれど、今にしてみれば、五十年近く生きてしまうと、一瞬だったような気がする。ほとんど思い出すこともない。
 それがふと、その街のことを思い出したのは知り合いの名前を思い出したからだった。あのころ、友だちとよく行っていたスナックはどうなっているのだろうか……。Googleのストリートビューでそこをたずねてみた。ところがマップで見ても当時、住んでいた場所もわからない。
 もちろんストリートビューに映しだされる光景は当時とは全然、ちがう。
 記憶とも一致しない。
 ストリートビュー上でうろうろとさまよい、行ったり来たりしているうちにかつて自分が住んでいたアパートの場所を見つけた。たしか、このあたり――先に見つけていた友人が住んでいたあたりはすっかりかわってしまい、アパート自体が消えてしまっていたのだが、ぼくが一年だけ住んでいたアパートはまだ、存在していた。当時ですら築二十年という古いアパートだったのだが。
 それから二十年以上、たっているにもかかわらず、同じ古いたたずまいをストリートビューに見せていた。
 驚き、唖然とし、ほんのすこしだけおぞましい気がした。

2010年12月6日月曜日

SSD換装2

シー・エフ・デー販売 WJ3シリーズ2.5インチSATA接続SSD DRAM搭載(DDR2-128MB) JM612コントローラー Trimコマンド&NCQ 対応CSSD-SM128WJ3

 かつてはパドック第一主義だった。
 パドックを見ずして馬券を買うなかれ。それを主義としていた。それなのに鞍替えしたのは一にも二にも勝てなかったからだ。瞬間的には天才じゃないか、と思うことはあってもトータルだと容赦なく負けつづけていた。
 年間での回収率はいいときで約83%という体たらくだった。
 馬券を買うのを止めては復活してあいかわらず負けていた。
 パドックへ行くのを完全に止めたのはちょっとした思いつきからだった――もしかしたら予想ソフトをつくったら浮くのはではないか、と。馬券をはじめたころ、スーパーパドックのスピード指数である買い方で浮くと思い、百万をぶちこんですべてすってしまったことがある。しかし、それは毎回、一万ずつだったため、試行回数がすくなかったためではないか……。
 一年、つづけてみれば、浮いたのでは?
 当時はまだ、自分には馬を見る目があると信じていたころだったのでロジックを捨てるの躊躇はなかった。しかし、今、手元にスーパーパドックはなく、自分でスピード指数を計算するしかない。
 いろいろと試行錯誤をくりかえし、プログラムを作成した。
 それを一年、試してみようと、今まさに試みているところなのだが、問題がひとつあった。
 計算に時間がかかるのである。
 ファンがわんわん、唸り、パソコンは一生懸命、計算してくれているのだが。
 それがすこしでも速くなるのではないか、と思いついたのが、パソコンのSSD換装である。ノートブックの方ですでにSSD換装していたのだが、デスクトップでもやれば、多少なりとも計算時間が短縮できるのではないか――。
 なぜなら頻繁にディスクアクセスを繰り返していることは自明のように思えたからだ。もっとも計算をがんがんやっている部分もかなり重く、そこがボトルネックになっているようにも思えた。
 換装のやり方は前回で承知している。
 あとはいろいろと物を載せているデスクトップの本体を引っ張り出して蓋を開いてみるだけである。苦労するだろうなぁ。中は埃だらけなんだろうなぁ、と懸念しつつ、作業してみて――一日かかると思っていたのに、一時間ほどで済んでしまった。これには自分でも驚いた。DELLのパソコンだったのだが、マニュアルがネット上にあり、しかもネジを外す必要もなく、ハードディスクを取り外すことができた。
 さっそくFireFoxを動かしてみてちょっと感動してしまった。軽いのである。今まで重くてじっと待つことも多かったのに。ハードディスクの容量は50Gほど、すくなくなってしまったが、これならOKだ。
 あとは競馬の予想である。
 そんなことで的中率が上昇するわけでないことはわかっている。
 プログラムを走らせてみてやはり、と思った。
 ほとんどかわらない。
 一生懸命、考えてくれているのだが、処理時間は体感としてはかわらない。

 ああ、やはりという気分だ。
 ただ、一点、いいこともあった。ファンがほとんど回らないのだ。かつてはうなりつづけていたのに。もっともおかげで計算が終わったかどうかがすぐにはわからなくなってしまったが。

2010年11月29日月曜日

森博嗣「喜嶋先生の静かな世界」

森博嗣「喜嶋先生の静かな世界」

 もしかしたらマイフェバリットな一冊ということになるのかもしれない。
 どうしてぼくはこんなに感銘を受けてしまったのだろう。そんな気分だ。はでなアクションやトリックがあるわけでもないし、殺人が起きるわけでもない。そもそもこれはミステリーではないだろう……。もちろんツイストはあるし、ぼくは逆に最後のツイストは不要だろう、とも思っている。あの一行がなければ、なぁ、と。おしい、と。
 もともと森博嗣の小説のファンというわけではなかった。「すべてはFになる」はさすがに読んでいたけれど、あれはまぁ、プログラマーにとってはまんまな「F」だったからなぁ。逆にまさかなぁ、と思いつつ、読み進めたものだった。今なら64ビットが一般的だから老衰ですな。
 それでもこの作品は深く感銘を受けた。
 どうしてだろう。
 何が起きるというわけではないのだけれど、読まされてしまった。本を置くことができなかった。淡々としているにもかかわらず、何かに満たされた気分を味わいつつ、読み進んだ。まさに憧れすら感じる日常だからだろうか。仙人の生活に憧れる俗人という感じ――言葉にすると、どこかちがうような気がするが。
 そして、主人公が自分は凄くないんだよ……、と独白するシーンなど、泣きそうになってしまった。

2010年11月13日土曜日

SSD換装

 Mac Air、欲しいなぁ。手持ちのThinkPad X60もそろそろ、へたってきたことだし。ディスクはいつも99%使用の状態だし。調べてみると、ThinkPadが我が家にきたのは2006年11月24日(金)のことだった。5年目かぁ。バッテリーも二代目だ。
 そんなこんだでつらつらあっちこっちのサイトを見ていたらMac AirはハードディスクのかわりにSSDを使用している、とのこと。それで気が迷ってしまった。気づいてしまったのだ。ThinkPadのハードディスクをSSDに換装すれば、いいじゃね? と。単純にコストを比較すると、圧倒的にSSD換装の方が低コストだ。手間はかかるが、Mac Airも購入したらいろいろと設定をしなければ、ならないから結局はいっしょだ。それに元々、動いているノートブックパソコンがあるのにあらたに新しいノートブックを買うというのも好きじゃない。なんか、無駄な気がするんだよねー。事実、無駄だし。
 で、Amazonで購入した。IDEインターフェースのSSD、64Gというしろもろを。これなら32Gパンパンの容量が楽になる、というもの。
 が、ところがである。
 なんとまぁ、ThinkPad X60のインターフェースはSATAであったのだよ。最初にちゃんと調べておけよ、という話だ。返品と再購入してようやくSATAインターフェースのSSD、64Gが届いたのは昨日のことだった。はー。
 換装のやり方についてはさすがに当たりはつけておいた。
 ThinkVantageでUSBハードディスク(うちにはお立ち台があるのだ)にリカバリー・メディアを作成してそこからバックアップを戻せば、よいだろう……。
シー・エフ・デー販売 WJ3シリーズ2.5インチSATA接続SSD DRAM搭載(DDR2-128MB) JM612コントローラー Trimコマンド&NCQ 対応CSSD-SM64WJ3

 できなかった。

 まず、リカバリーメディアがUSBハードディスクにつくれなかった。そして、バックアップもThinkVantageではUSBハードディスクにはつくれず、しかたなくWindowsのバックアップ機能でバックアップしたのだけれど、こいつがThinkVantageのレスキュー機能から認識されない。
 すっかりはまってしまった。
 Cygwinからddコマンドをつかって強引にHDDからSSDへコピーしようとしたが、果たせず。しかたねー、外付けのCD/DVDドライブを買うか、と思ったが、結局、ハードディスクをコピーできれば、いいはずなのでそういうソフトがないか、とググってみた。そうしたらあったのだよ、明智くん。「EASEUS Todo Backup」というのがそれだ。パンパンのハードディスクにインストールし、ハードディスクを丸ごとSSDへコピー。なんとあっさりSSD換装が終了してしまった。コピーには時間がかかってしまったけれど。64GのSSDのパーティションが32Gにぶった切られているのはこちらもググって「EASEUS Partition Master 6.5.1 Home Edition」というソフトで55Gに拡張した。
 64Gといいつつ、実際には64Gにはならないというのはまぁ、世の常だ。
 あと、ThinkVantageのアクティブプロテクションとDiskkeeperは無効にした。SSDはデフラグなんざ不要だからである。

2010年11月10日水曜日

ヨイチサウス

 最初はダメだと思っていた。
 2008年2月9日東京競馬メイン。白富士ステークスのパドックだ。このレースに去年から追いかけていた――意識していた馬がでていたのだ。ヨイチサウス。パドックの最初の方の周回ではどうもいまいちだった。気合乗りが足りない。いつもならもっと気合が入った歩き方をするのだが。
 今日は買えないかもしれないな。
 今までにも、そう思いながらの買い続けてきた馬だった。
 ほんとうに買えそうもない――というのも、今年になってから東京競馬の馬券の買い方を変えてしまったからだ。単勝オンリー。ヨイチサウスはオープンで勝つにはちょっと力不足と考えていた。1000万クラスを勝ち上がるとき、現場にいれなかったので馬券を買えなかったのが、つくづく残念だ。
 そこまでヨイチサウスに執着するのはぼくにとって確信の馬だったからだ。

 はじめてヨイチサウスの馬券を買ったのは去年の1月28日第10レースでのことだった。ちょうど一年前だ。
 その頃、年初からの馬券が絶不調で、パドックで見つける馬はことごとく外しまくっていた。その日もとことんダメだったのだが、第10レースのパドックで、一頭の馬に心魅かれた。それがヨイチサウスだった。確信。この馬はくる、と。一頭だけが抜けて見えた。
 オッズは単勝8000円の超穴馬。
 単複の馬券を買った。ほんとうにその一頭だけの馬券だった。
 レースはヨイチサウスの逃げではじまり、ゴール直前まで逃げ粘り――直線の坂では後続を突き離すほど――、最後の最後、坂を上り切ったあとの直線で一番人気の馬にかわされてしまった。
 それでも複勝1280円。
 得たのは金ではなかった。また、馬券を買っていくために必要な確信というやつだ。
 負け続けの馬券人生だが、それでも時折、くる、という確信を持つことができた馬がいる。ワイルドバッハ、ターフメビュース、リトルガリバー……。そういう馬とのほとんど偶然に等しい出会いがなければ、馬券を買い続けることなど、できなかった。
 そして、そういう一頭がヨイチサウスというわけだった。

 パドックに雪が舞いはじめた。
 白富士ステークスのパドックはヨイチサウス以外の馬でもほとんどよさそうな馬は見当らなかった。かろうじてぼくのアンテナにひっかかったのはメテオバーストぐらいだった。それでも普段なら疑問符のつく馬だった。
 藤沢厩舎ということで期待していたピサノパテックはかかりすぎていて買う対象にはなり得なかった。
 くりかえしくりかし目の前を通りすぎていく馬をひたすら見つ続ける。
 ふと気づく。
 ヨイチサウスの雰囲気がかわっていた。歩容に力強さがでてきた。そうやって全体を比較すると、ヨイチサウスが抜けているように思えた――買いだ。
 そして、トーホウアランも悪くないことに気づいた。
 パドックの周回が終わった。
 騎乗合図。
 ピサノパテックはその間、小さくその場で回されていた。その一瞬、落ち着いた歩容を見せた。ぎょっとなる。むちゃくちゃ、いい馬格だったのだ。さすが藤沢厩舎。油断も隙もあったもんじゃない。きっちりと仕上げてきていた。

 買い目はピサイノパテック、ヨイチサウス、トーホウアランの三頭の単勝。
 去年のヨイチサウスのことが頭をよぎる。やはりヨイチサウスの一着はむずかしいか――と。複勝なら獲れるかもしれないが、単勝は難しいか、と。
 前走、16着だったが(当然、その馬券も買っている)、あれは中山だった。ぼくの見立てではヨイチサウスは中山よりも東京の方が合っている。複勝圏は充分、ありうる。だが、単勝はなぁ。くるとしたらやはりピサノパテックか。
 レースは案の定、ヨイチサウスの逃げではじまった。
 下り坂になる向正面では五馬身ほど離したが、コーナーにはいるころには後続との差はなくなった。最終コーナー。ヨイチサウスが先頭。いい感じだ。手応えは充分、残っている。右後ろに続く二番手が気になるのか、やや苛立った感じが見えるが。直線。坂。ヨイチサウスは後続を突き離せない。
 後続の足色がいい。
 やはりだめか。
 レース実況も後ろの馬に焦点を合てている。カメラの映像もそちらにふられた。ピサノパテックが間を抜けてくる。カメラが先頭に戻ってきた。
 その先頭を走っている馬がヨイチサウスだとは思ってなかった。
 画面から消えている間に二番手に抜かれてしまったとばかり思っていた。
 ヨイチサウスだった。粘っている。抜かれそうで抜かれない。実況も驚いている。
 ピサノパテックが二番手集団の中にいた。
 そっちがきてくれても馬券は的中だ。
 しかし――。
「残せっ残せっ残せっ、江田っ」
 去年の悪夢が一瞬、頭をよぎる。坂を上り切った瞬間、どっと抜かれてしまうんじゃないか。坂を上り切った。二番手集団が固まってヨイチサウスに追いつく。
「江田、頼むっ」
 あっ、と思った瞬間が、ゴールだった。
 ぎりぎり、頭ひとつ、ヨイチサウスが先着していた。

 ヨイチサウス一着、単勝3970円。二着ピサノパテック。トーホウアランは五着だった。馬連3万7630円、馬単8万480円。
 獲ったのはヨイチサウスの単勝だけだったが――。

2010年11月4日木曜日

鳥居みゆき「ハッピーマンデー」



 鳥居みゆきの「結婚してました」宣言にはひっくり返ってしまった。
 元々、雑誌のR25だったと思うけれど、そこで鳥居みゆきが紹介されていてその日か、その翌日にテレビで観たのが、はじめてだった。ネタは「まさこ」――紙芝居ネタで、まだ、モノを動かしたり、前に戻ったりという演出がつけくわえられる前だった。実は――はっきりとしないのだが、一枚だけ絵が描かれているバージョンも観ている。
 それからすぐに「社交辞令でハイタッチ」がはじまり、それを視聴しているくらいだった。
 そのころはまだ、鳥居みゆきを甘く見ていた、といえるだろう。
 メディアから流れてくるのは「まさこ」だったからだ。

 ところがあるとき――日記によると、2008年4月25日のことだった。
 ふと思いつき、YouTubeにアップされている鳥居みゆきの映像を片っ端から観た。
 メディアにでているせいもあって「まさこ」が大部分だったけれど、中にライブのものがあり、そのいくつかのネタに――「こっくりさん」「妄想結婚式」にひっくり返った。
 ただ者じゃない。半分くらい天才かも、と。
 DVDがでるということは「社交辞令でハイタッチ」で既知だったので、さっそく「ハッピーマンデー」を購入する気になったのはそういうわけだった。YouTubeを観てなかったらおそらく見過ごしてしまっていたことだろう。
 そして、「ハッピーマンデー」を見終ったその日の夜に、鳥居みゆきの「結婚してました」宣言を知った。時間的にはちょうど、観ているまさにそのときに、発表していたらしい。「ハッピーマンデー」の宣伝ライブで。

 「結婚してました」宣言を知ったとき、まず思ったのは「まさこ」をやめるつもりだな、ということだった。YouTubeで観た様々なテレビの番組での映像や、「社交辞令でハイタッチ」などを観ていて感じていたのは「まさこ」をやりつづけるのはかなり辛いだろうな、ということだったし、まさにかなり辛くなってきているように思えた。
 「ハッピーマンデー」のバックボーンには「まさこ」がいる。
 「まさこ」が生まれるまでの物語として構成されているからだ。
 だから「まさこ」が鳥居みゆきから「ヒットエンドラーン」と産声を上げるシーンにはある種の感動がある。それはそれまでの鳥居みゆきをYouTubeで垣間見ていたせいもあるかもしれないが。
 だから「ハッピーマンデー」の構成をしたのはだれなのか、強く興味を覚えていて――最後に、流れるテロップで鳥居みゆきの名前を見たとき、確信したのだ。
 こいつ、天才だ、と。

 そして、「ハッピーマンデー」の中では「まさこ」の死まで描かれている。

 「結婚してました」宣言を知る前に「ハッピーマンデー」を観ることができたのは幸運なことだったかもしれない。聞いたあとでは印象がずいぶん変わっていたことだろう。
 中に収録されているネタ――完成度は高いと思う――は鳥居みゆきの才能や、作家性を示すものだが、「結婚してました」宣言は作家の限界を示すものかもしれない。まちがわないで欲しい。作家としての限界ではなく、作家というものの限界だ。ある意味、人間というものの限界かもしれない。
 人は生み出したものを制御できると幻想を持っている存在だ。
 「まさこ」は鳥居みゆきが生み出したものだが、その存在はすでに自走しはじめていた。だからこそ、鳥居みゆきは「まさこ」に食い潰されはじめていた自分を取り戻すために、「まさこ」の死を選んだのかもしれない。それとも、そのことについてすら鳥居みゆきは自覚的なんだろうか。

 なぜなら死んだ「まさこ」の履いていた靴には「鳥居みゆき」の名前が……。

2010年11月1日月曜日

びっくりした

いきなり10年ぐらいやっていたホームページが消えていた。infoseekのサービスが停止になっていたのである。まったく更新してなかったわけじゃないので、ちょいとふざけんな、という気分だ。いくら無料だったとはいえ。
これでWindSurfの記録はなくなってしまったのだなぁ(まる)

2010年9月25日土曜日

長沼毅「「地球外生命体の謎」を楽しむ本」

「地球外生命体の謎」を楽しむ本
 タイトルとは逆説的に、地球の生命体に関する本なのだけれど、非常に興味深くいろいろと考えさせられた。たとえば、深海に住む生物の話だ――熱水噴出孔にいるチューブワームの話など、太陽の光が届かないにもかかわらず、火山ガス(硫化水素)を吸収して代謝を維持しているのだ、という。
 実は人類なども、とても遠くから望遠鏡で見てみれば、そんな風に見えるのかもしれない。過去に蓄積された石油などのエネルギーを食って繁栄している生物。そうであるなら熱水噴出孔が絶えれば、チューブワームも死に絶えるように、石油が絶えれば、人もまた――。
 うーむ。

2010年8月28日土曜日

今敏、死す

パプリカ [DVD]
 今敏監督の訃報を聞いた瞬間、ショックのあまり、頭がぐらぐらした――なんてことだ。今、一番、作品を心待ちにしていた作家だというのに。「パプリカ」と「東京ゴッドファーザーズ」はまちがいなく、ぼくのベストテン上位にランクされる。その作家の作品があと一作しか新作がでないというのか。
 理不尽だとも思う。
 今敏監督のような豊かな才能の持ち主がなくなってしまい、何も生み出せない自分のような人間がのうのうと生きているというのに。まぁ、これは自分をちょっと高く持ち上げすぎだが。本来、比べることすら意味がない。
 今敏という人がいるということはずいぶん以前から意識していた。ただし、それは今野敏というミステリ作家がいるので、よくその人と勘違いしていたからだが――あるとき、今敏監督のホームペーズを見つけ、そこの上げられていたたしか、「パーフェクト・ブルー」の制作秘話があまりにもおもしろく、興味をそそられ、「パーフェクト・ブルー」を見た。つづいて「千年女優」――両方とも非常におもしろかったが、ただどこか――ラストが好みではなかった。不満だった。
 そして、「パプリカ」――。
 この超傑作をどういったらいいか、わからない。あまりの凄さに喚き散らしながら街中を走り回りたかったほどだ。見ろっ、みんなこの映画を見ろっ、と。
 「東京ゴッドファーザーズ」を見たのはそのあとである。
 このときも街中を走り回りたくなった――こりゃ、今敏作品を追いかけるしかないでしょう、と思っていた。それなのに訃報とは。
 あまりにもおしい。
 これからいくらでも傑作を生み出すのはまちがいない監督だったのに。
 リアルな描線のせいで、実写への傾向がある、と考えられがちな今敏監督だったけれど――個人的には逆にアニメでしか表現できないことをやっていた監督だと思う――、アニメの凄さというものを教えてくれた作家だった……。「パプリカ」なんてどうやって実写でやる、というのだ。「東京ゴッドファーザーズ」など、アニメ以外ではありえない。
 ああ。
 何度でもつぶやいてしまう。
 あまりにもおしい。急逝してしまうとは。



追記
今敏監督のHPに最後の言葉あり。
読んでるうちに泣けてきた。

2010年7月20日火曜日

2010年7月19日(月):本栖湖FUNビーチ:晴れ

*Sail:CORE 5.7(NEIL PRYDE) Board:NG ACP 260

 
 今年は土日のすべてを競馬に費やすと決めている。
 そのためもあってウィンドへ行く機会がほとんどない。そういう貴重な一日が7月19日ということになる。普通なら風が吹くかなんてわからないが、時期的に本栖湖ならまず吹くだろう。
 そういうわけで本栖湖へ行くことにした。
 到着したぼくを出向かえてくれたのは鏡のような湖面だったが。
 まったく風はなかった。
 とりあえず、車の中で仮眠して風が吹き出すのを待った。
 吹き出したのは正午ぐらい。吹き上がることを期待して5.7のセイルを選択した。
 ウェイブ系のボードに5.7のセイルではまだまだ、無理な風だったが、出艇してみた。ほとんどプレーニングしない。最風上のエリアが一番走っているところをみると、あそこまで行けば、とも思ったが、すっかりへたくそになっていたので風上へのぼっていけない。
 そうこうしているうちに目の前のブローに思わず下らせたりしたおかげでどうしようもなくなってしまった。ちなみに下らせたからといってプレーニングしたわけではなく、ただ、下っただけだった。

 結局、二時間ほどセイリングしたのだが、まともにプレーニング――両足がフットストラップにはいったのは5回ほど。それでも一度、ドラゴンビーチへ向かってラインをのばし、ほぼフルプレーニングすることができた。
20100719本栖湖 at EveryTrail


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2010年6月8日火曜日

池田信夫「希望を捨てる勇気――停滞と成長の経済学」/佐々木俊尚「電子書籍の衝撃」

希望を捨てる勇気―停滞と成長の経済学
電子書籍の衝撃 (ディスカヴァー携書)

 電子書籍というのが文芸だけではないことは承知しているが、それでもどうしても気になるのは小説の動向だ。それは心の片隅で小説家になれないものか、と思っているからだが、しかし、電子書籍の衝撃で規模が縮小してしまったら出版社は新人を発掘しようとするだろうか。また、そのとき、デビューするというのはどういう形になるのか……。
 セルフパブリッシングという形ならプロアマは関係ないという話もあるが、そのとき、売れるのはやはり固定客をつかんでいるプロになるだろう。「ロングテール」にあるように売り上げがゼロから無限大までの間に無数の書き手の作品が並ぶことになるだろうが、大部分のアマチュアはテールになる。もちろん、アマチュアの中からも売れる人間はでてくるだろうし、その可能性はゼロではないが、それは可能性はゼロでないというだけの話だ。
 状況は絶望的なように思えた。
 ところが希望があることに気づいたのは、池田信夫の「希望を捨てる勇気――停滞と成長の経済学」を読んだ直後に、佐々木俊尚の「電子書籍の衝撃」を読んだときだった。その順番で読んだのはまったくの偶然だったのだが、そうでなければ、そんな文脈は生まれなかった。
 それは次のようなことだ。
 「希望を捨てる勇気――停滞と成長の経済学」によると、1990年代後半のアメリカの劇的な復興は80年代後半に吹き荒れたLBOに原因がもとめられる、という。AT&Tなどの大企業に固定化されていた人材が企業の分割、整理によって外へ放出されることにより、その人々がIT業界の革新を加速したのだ、と。
 そうであるなら電子書籍による衝撃によって多くの出版社から内部に固定化されていた優秀な人々が労働市場へ吐き出されるのだ。その中から何か新しいものを生み出す人がでてくるかもしれない。
 それはすくなくとも既得権益が固定されてしまい、硬直化した他の業界にくらべれば、はるかに希望のある状況ではないか――。ぼく個人にはほとんど関係のない希望だが。

2010年5月31日月曜日

丸山健二「猿の詩集」

猿の詩集〈上〉
猿の詩集〈下〉
 傑作だ。
 すくなくとも個人的には丸山健二の最高傑作ではないか、と思っている。ついに「千日の瑠璃」をこえたのではないか、とも。
 丸山健二との出会いは「君の血は騒いでいるか」――などのエッセイだったけれど、「雨のドラゴン」「ときめきに死す」などに痺れ、「惑星の泉」以来、年毎の新作を楽しみにしていた。とくに「水の家族」「野に降る星」「白と黒の十三話」「見よ、月が後を追う」など、すばらしく、「千日の瑠璃」ではひとつの高みにのぼってしまった感があった。それ以降ももちろんコンスタントに作品を世に問うていたのだが、やはり「千日の瑠璃」をこえることはできない、というのが私見だった。ひとつには丸山健二の政治観が一面的すぎる、というのがある。ぼくにとってあまりにも現実感のない言説なのだ。つまり納得できない。
 「鉛のバラ」まではほぼ、リアルタイムで追いかけた。
 ところが「貝の帆」で追うのをやめてしまった。丸山健二が「貝の帆」で変わろうと意思していたこともあるが、こちらの生活がフィクション離れを起こしていてこともある。だからすっかり丸山健二とはご無沙汰してしまっていたのだが、そんなときだ。「猿の詩集」の上下巻に出会ったのは。
 あいかわらずの緊密な文体に酔い痴れながら読み進み、不安を感じながら下巻に突入した。不安というのは「争いの樹の下で」のように現実感のない政治的な言説にまみれてしまうのではないか、という不安だ。たしかに丸山健二の政治観はあいかわらずではあったけれど、それに拘泥することなく、下巻は進み、進みつづけ、そして、ラストへ――。大袈裟すぎる言い方だが、魂が震えた。
 「貝の帆」からの変化がこの作品を生み出したのはまちがいない。それ以前ではほとんどあつかうことのなかった男女の睦み事を「猿の詩集」ではきちんと描写しているからだ。そして、登場人物の多彩さも「貝の帆」以前の丸山健二にはあまり見られなかった特徴だ。なにしろ「虹よ、暴力の虹よ」では登場人物がほとんど三人しかいないという過激さなのだ。
 いずれにしてもぼくの前には「貝の帆」から「猿の詩集」までの著作が存在するわけで、ぼくはそれをとても楽しみにしている。

2010年5月13日木曜日

忘れられない騎手がふたりほど

 どうしても忘れられない馬がいるように忘れられない騎手もいる。
 それがたとえば、岡部幸雄とか、武豊とか、いわゆる名騎手でなくとも。馬券にまみれていたぼくだ。もちろんそれは外れ馬券の思い出とリンクしているのだが。
 ひとりは後藤浩輝。
 まだ、リーディング争いをするような騎手ではなく、アメリカ修行をした直後の後藤浩輝だ。当時のぼくの馬券は完全なパドック派で、パドックで見つけた馬の単勝へどかんと賭ける。そんな競馬をやっていた。
 そんなある日。
 これは抜けている。絶対だ、と思える馬を見つけた。いつだったか、開催はどこだったか、すっかり忘れてしまったが、短距離戦でその馬名はスリルオブターフ、という。
 母親も父親も知らない。血筋なんてまったく関係がないぼくは当然、勝負にでた。どかんと単勝馬券を一点購入。金額は忘れた。一万円以上だったはずだ。
 ゲート入りがすみ、スタート。
 一頭がまったくスタートせずに出遅れ。それがスリルオブターフだった。
 ――うそっ!
 短距離で出遅れは致命的だ。
 最終コーナーを回り、すさまじい勢いで最後方からスリルオブターフは駆けあがってきたが、あまりにも離されすぎていた。届かない。はっきりいってぼくはぶち切れた。ありえないだろう。だれだ、ヤネは。
 それが後藤浩輝だった。
 しかもその日か、すこしあとにテレビで後藤浩輝がクローズアップされて彼はアメリカ修行で何を学んだか、という質問にこう答えたのだ。
「――スタートの大切さです」
 ありえねーーーーーーーーだろーーーーーーーーーーーーーっ。
 もちろんぼくは絶叫しましたがな。思いっ切りテレビに向かって。


 もうひとり、忘れらない騎手がいる。現在、JRAで唯一の女性ジョッキーで最初の女性ジョッキーのひとりだった増沢由貴子――当時、牧原由貴子――落馬事故で姿を見なくなり、もう引退しているとばかり思っていたが、まだ現役でがんばっていた。結婚してしまっていたが。
 たしか、東京競馬場だと記憶している。もしかしたら中山かもしれない。
 あいかわらず、パドックにかよっていたぼくはこのときも抜けている穴馬を見つけた――見つけた、とぼくは思った。もちろん買うつもりだった。買うしかないと思っていた。
 ところがパドックの周回が終わり、騎手が騎乗したときに女性ジョッキーだということに気づいたぼくはだめだ、と判断してしまったのだ。女性騎手が馬を押せるわけがない。というわけで買うのをやめてしまった。
 調教師が馬のかたわらにまでやってきてジョッキーと談笑していたのがひどく印象的に残っている。この馬がこのレースを最後に引退することになっているとはそのときのぼくは知らなかった。それを知っていれば、何かがかわっていたかはわからないが。
 レースはスタート直後から増沢由貴子が逃げた。ペース。馬との折り合い。どれをとってもうまい、というレース展開だった。馬の状態がいいことはパドックで確信している。そのうえ、ほぼベストといえるような騎乗。最終を回ったときにはこのまま、逃げ切ってもおかしくない状況だった。臍を噛む思いというのはこのことだ。
 どうして馬券を買ってないんだぁっ。
 直線でもうまく馬をもたせた増沢(牧原)由貴子はトップでゴールした。
 たぶん二千円ぐらいの単勝払い戻しだったと思う。
 後悔にふらふらになったぼくは女性だからといってあまく見てはいけないことを痛感したのだった……。後年、川崎競馬場で海外の女性ジョッキーが騎乗する単勝万馬券の馬に一万円、突っこんで複勝をゲットしたことがあるが、このときの教訓が生きていたのだろう。もっともそのときはどうして単勝を買ってなかったのか、と後悔したが。複勝ではなく単勝を買っていれば、百万円コースだったのである。
 馬鹿だ。

2010年4月19日月曜日

ビョルン・ロンボルグ「地球と一緒に頭も冷やせ! 温暖化問題を問い直す」

地球と一緒に頭も冷やせ! 温暖化問題を問い直す
 地球温暖化問題でCO2を減らせ、と意見を持つ人ならなおのこと、この本には目を通すべきかもしれない。アル・ゴアの「不都合な真実」を読むだけではなく。

 実はこの本を読んで一番、ショックを受けたのは京都議定書についてのあつかいだった。
 その内容についてではない。この本では京都議定書にたいしては一貫して否定的だ。そして、そのことは地球温暖化にたいする著者の態度とともに一貫している。すくなくともこの本を読んでいる間はそれは正しい、と感じさせるし、ぼく個人としては強く同意している。
 にもかかわらず、京都議定書について否定的に書かれている箇所にくると自分の中に奇妙な抵抗を感じた……。自分自身、その反応には驚いた。ナショナリズムに嫌悪感を覚える性向があるのにもかかわらず、京都議定書について否定されると心が強い抵抗を示すのだ。なんだ、これは――。おそらく京都ではなく、たとえば、ロンドン議定書などであったのならこの抵抗感はなかったのではないか。
 つまり自分が日本人であり、日本で行なわれた国際会議の結果にたいして肯定的にとらえようとするバイアスが強くあった……。
 これはぼくだけなのか?
 鳩山総理のCO2削減宣言などを見ると、そうではないような気がする。

2010年4月16日金曜日

勝間和代「自分をデフレ化しない方法」

自分をデフレ化しない方法 (文春新書)
以下メモ。

1. 相関があるから原因はデフレというが、相関関係があるから因果関係があるとは限らない。また、デフレというのはある現象に対するラベルだろう。そうであるなら現象は結果である以上、原因とするのはおかしくないか?

2. デフレを脱却し、インフレを起こすためにお金をじゃんじゃんと刷れ。また、日本はずっとデフレだった、という話。何かおかしい。「量的緩和」はどうなる? 「量的緩和」をしていたときですらデフレなのなら今、いくらお金を刷ったところでインフレは起きないのではないか?

3. リーマンショックのときの世界的な金融緩和で日銀は同調しなかった、と非難しているが、記憶では同調していたように思う。また、下げ幅が小さかったというが、当時の日本の金利を考えると、アメリカなどの下げ幅より小さくなるのはある意味、しかたないことではなかったのか?

4. 日銀の金融緩和をもっとつづければ、よかったのではないか、というのは同意。

以下、感想。

まるで自分が日銀総裁をやっていたらこんなことにはならなかったといわんばかりの内容だけれど、どうやら中央銀行によって経済はコントロールできると著者は思っているらしい。個人的には、経済は今や中央銀行によってコントロールできなくなりつつある、と思う。そういう意味では著者は素朴だな、とも思う。羨ましい。

2010年4月9日金曜日

カーナビとしてのiPhone

 ぼくの車にはカーナビがついていない。
 たしかに御前崎へ行ったり、本栖湖へ行ったり、湘南へ行ったり、三浦に行ったりするわけだからカーナビは便利かもしれない。車を買うときにたしかにすすめられた。しかし、購入はしなかった。
 理由は簡単だ。必要性を感じなかった。
 あちらこちらへ行くけれど、それはある意味、日常的に行くのでルートは確立している。カーナビに案内してもらう必要がない。新しいところへ行くにしても前日に地図でルートを想定するのでやはり必要性を感じない――というか、空間的に把握せずにカーナビに従って走るのは気持ちが悪い。
 それでもあれば、と思うこともある。
 道の迷ったときだ。
 現在位置がわからないとき。
 しかし、なぁ、そんな、いつ起きるか、わからないときに備えてカーナビを購入する気にはなれずにいた。
 それがこの間、本栖湖の帰り――中央高速で帰ったときのことだ。
 実はこのルートは初体験だったのだが、それほど心配してなかった。高速は案内をきちんと追っていけば、大概、目的地にたどりつけるものだ。ところがふと気づくと、地下を走っていた。首都高速にはいったところでだ。
 しまったぁ、首都高速に新しいところができた、とは聞いていたが。
 これかあっ。
 案内板はあるので向かっている方向はわかるが、東名高速――ぼくの頭の中ではその方向は正しいのだが、何か、嫌な予感を覚える。
 それで思い出したのがiPhoneだ。
 iPhoneにはマップというGoogleマップと連動したアプリがある。iPhoneのGPS機能をつかったものだ。起動した。3G回線に接続できたことはラッキーだった。
 見ると、現在地は池尻大橋になっている。
 想像と全然、ちがう!
 激しく動揺してきっと地下なのでGPSの電波が届いていないのだ、と考えた。
 この考えはあのぶどうはすっぱい、だった。つまり現状から目をそらしただけ。
 GPSの電波が届いていないのなら池尻大橋自体がでてくるわけないじゃないか。
 現在地は池尻大橋だ!
 ありえない! と思いつつもようやくそのことに気づいた。動揺しながら現状を受け入れて東名行きとは反対のルートを選択した。かなり気持ち的には思いきった判断だった。
 というのも想像ではこの先、東名行きの途中から渋谷行きと目黒行きに別れるはず、と思っていたからだ。そこで目黒行きへ向かう。それが目算だった。だからこそ東名行きを選択して走っていた。ところが池尻大橋は目黒に行かず、渋谷行きのルートを選び、なおかつ通りすぎなければ、あらわれてこないはずなのだ。つまり結論! ぼくはまちがっている!
 おかげで間一髪のところで帰りのルートへ戻ることができた。あのままだったら東名に乗り入れるしかなくなっていた。
 これもiPhoneのおかげだ!
 そうしてこの機能があるならカーナビはやはりいらないじゃないか、と思った次第。

2010年4月8日木曜日

2010年4月8日(木):本栖湖FUNビーチ:晴れ

*Sail:CORE 5.7(NEIL PRYDE) Board:NG ACP 260

 予想天気図を見たときには完璧だ、と思った。
 この気圧配置ならまちがいなく、本栖湖は吹く。そう考えての本栖湖入りした。さすがにこの時期、釣り人以外、だれもいず、ひとりきりだった。
 FUNビーチ周辺は枯山水のような風景で寒々しい。すぐ近くの山肌に見える白いものは雪だろうか……。湖面は無風で鏡のように真っ平らだった。
 しかし、風がはいってくるのはこれからだ。
 南風がはいってきたのは一時をすぎたころだっただろうか。
 のんびりと道具をセッティングして風がさらに吹き上がるのを待つが、なかなか吹き上がらない。白波は見えるのだが、思ったよりも弱い。
 しかたなく、手持ち無沙汰ということもあって出艇してみることにした。
 湖水はあいかわらず暴力的な冷たさだった。
 水に足を入れただけでじんっと痺れ、指が自分のものでなくなった。接着したウィンナーソーセージのようだ。感覚がない。
 風はやはり足りなかった。
 延々とタックをくりかえし、湖面を往復した。
 もしかしたらこのままじゃないか、と嫌な予感がした。
 しかも沈すると、鼠蹊部に痛みが走るほどの冷たさにちょっと恐怖を覚えた。内臓がおかしくなるんじゃないのか?
 そのうち、風がすこしだけあがった。
 短かい黒いブローがはいりはじめる。しかし、それでもプレーニングしない。前のフットストラップに強引に足を入れることはできるが、テイルはひきずったままだ。しつこく往復してあきらめてビーチにあがったところで皮肉なことに湖面の様子が一変した。
 ブローが連続してはいってきた。
 うそっ、と思いながらもエネルギー補給のために車にもどってバナナを食べた。
 ふたたび、湖にでる。
 思わず地団駄を踏みそうになる。
 微妙に風が足りん。
 もうちょいでプレーニングできるのに、という風だった。どんだけ重いねん、おれ――というか、セイル、6.7にすりゃよかった。
 それでもきつめのブローのおかげで何本か、プレーニングした。
 湖面を一本、走り切ることは一度もできなかったけれど、それでも左右で二本づつ、ジャイブすることができた。その最後のジャイブ――スタボーからのジャイブで奇妙な感触を得た。
 もともとスタボーからのジャイブは失速ぎみになる癖があったのだけれど――ポートからより下手ということだ――、ジャイブの半ばでほんのちょっと前に体重を持っていったところ、後半のターンが伸びるのがはっきりとわかった。あっ。これは発見かもしれない。ところがそれ以降、ジャイブできるほどの風に恵まれなかった――つまりプレーニングしなかった。このころにあらわれたもうひとりセイラーはスラロームらしくしっかり、プレーニングしていたのだが。
 まったくどんだけ重いねん、おれ。
 いくら風があると思って出艇しても半プレーニングがせいぜい。そのうち、歯ががちがち鳴りはじめるほど、寒くなってくる。日が翳っていた。風はありそうでぼくにはプレーニングしない風――。
 さすがに根性が尽きた。
 上がることにした。
 着替えて道具を片付けてさあ帰ろうか、と本栖湖を見ると、かなりのブローがはいっているのが見えた。
 うわあ。

本栖湖


Map your trip with EveryTrail

セーリング時間:2時間24分
セーリング距離:7.2km
平均艇速:3km/h
最高艇速:55.4km/h

2010年4月3日土曜日

 横断歩道を渡り切った瞬間、交差点の方からバンッと凄い音がした。車がぶつかった音。iPhoneで音楽を聞いていたにもかかわらず、はっきりと聞こえた。反射的にそっちを向くと、車が自分に突っこんでくるところだった。タイヤのスキッド音――やばい。死んだ、と思った。テレビの衝撃映像みたいだ、とも――。
 うしろからはおばさんの悲鳴が聞こえた。
 衝撃映像で車が店内に突っこむシーンが頭に浮かんだ瞬間、すぐ目の前でガードレールがひしゃげ、車が凄まじい衝撃音をあげて停止した。ほとんど音ではなく、振動を身体で感じた。
 車のものらしい破片が自分の回りに飛び散り、道路に転がる。そのうちのひとかけらはうちに帰ったあとで手にしていたバッグの中から出てきた。
 歩道に乗りあげなかった車を見てよく飛びこえてこなかったな、と思いながらiPhoneのイヤホンをはずした。
 飛びこんできたら避けることは不可能だった。
 どうしようもない。
 瞬間、何の理由もなく、人は死ぬのだ、と思った。
 運転手はだいじょうぶだろうか、とようやく思い至り、一瞬、血まみれの運転手が頭を過った。そして、この様子を携帯で写真を撮ったらさすがに不謹慎だろうな、という考えも頭の中を通りすぎた。
 失職中だから死んだ方がましだったかもしれない、とブラックな冗談を思いついたが、さすがに話す相手はいなかった。
 潰れたフロントを見ながらガソリンはこぼれてなさそうだな、と判断して――白い蒸気はラジエターのものだろう――、運転席をのぞくと、運転手はしまった、という顔をして携帯電話をかけようとしていた。サイドウィンドウのノックしてだいじょうぶですか、と聞いたが、ちょっとわずらわしそうな顔をされてしまった。
 左手を見ると、タクシーが歩道に突っこんでいる。
 おそらく二台が交差点で衝突したのだろう。そして、一台がぼくの方へ突っこんできた――。
 まだ、だれも集まってきていない。
 タクシーの方へ行き、中をのぞきこむと、ちょうどエアバックがしぼんだところで運転手はしまったぁ、事故ってしまったぁ、という慚愧の念にたえないという顔だった。こちらの運転手も携帯で電話をかけようとしていた。声をかけても見ようともしないが、とりあえず、ふたりの運転手は無事なことが確認できてすこしほっとした。
 騒いでいるおばさんたちの方を見ると――たぶん悲鳴をあげたおばさん――、携帯を取り出して事故を撮影していた。それでちょっとくやしい気がしてぼくも何枚か、撮影した。

 結局、自分が死ぬところだったのだ、と恐怖を多少、感じたのはだいぶん経ってからだった。起きたことを思い出しているうちに死んでもおかしくなかった、と。
 突っこんできた車はガードレールと――もしかしたらスピンしていて縁石に横から当たったのかもしれない――それで歩道まで乗りあげなかったのだろう。もし乗りあげていたら無事ではすまなかった。
 そうなっていたら何の理由もなく、何の因果もなく、あのタイミングであそこにいたためにぼくは死んでいた。





あらためて撮影した写真を見ると、状況はちがっていて車は歩道に乗り上げていた……。

2010年4月2日金曜日

2010年4月1日(木):本栖湖ファンボードビーチ:雨

* Sail:CORE 5.3(NEIL PRYDE) Board:NG ACP 260

 まさか本栖湖で5.3を使うことになるとは思わなかった。

 天気予報では全国的に荒れ模様だという。予想天気図も春の嵐を予感されるものだった。それならわざわざ本栖湖へ行く必要はないのではないか、とさんざん、昨夜は迷ったものだった。湘南、あるいは検見川などのポイントで爆裂で乗れる可能性が高い。問題は2009年12月07日以来、ウィンドをやっていない上に運動すらしていないということだった。しかも失職中のため、通勤という負荷すら身体にかかっていない。
 それ以外にもふたつほど、理由があった。
 ひとつは中央高速まわりの本栖湖行きを試してみたかった。かつて神奈川に在住していたため、習慣的に東名高速側から山中湖へあがるルートを使っていたのだが、現住所からは中央高速も充分ありだと気づいたのだ。それを試してみたかった。
 もうひとつはiPhoneだ。
 iPhoneのGPS機能を使ったGPSロガーアプリがある。それでウィンドの航跡を記録してみたい、と以前から考えていたのだ。もちろん iPhone は防水仕様ではないので防水パックにいれる必要がある。それがどのくらい有効から確かめてみる必要があった。なにしろ本体価格が五万ちょっとする iPhone だ。水没させておしゃかにしたら泣くに泣けない。波のあるコンディションはまずありえない。そして、万が一、水が防水パックの中に染みてきてしまったときのことを考えると、淡水が好ましい――とすると、土地勘もある本栖湖以外の選択肢はない。

 大月インターを抜けて山梨入りすると、すでに雨が降っていた。
 しまったぁ。やはり失敗だぁ、と頭を抱えてしまった。
 何しろ、今日は平日で本栖湖にはだれもいないだろう。雨ならなおのこと――雨の中、陰鬱な本栖湖でひとり、ウィンドをするなんて気分が落ち込むこと、おびただしい。しかも今の時期の本栖湖の水は氷水だ。
 いっそ南下して海へ出ようか、とも思ったが、とりあえずと本栖湖まで行くことにした。SoftBankの電波が入るか、確認するという理由をつけて。
 驚いたことにウィンドサーファーが一組、いた。車からボードを下ろし、セッティングしているところだった。風は充分にあり――というか、ありすぎで湖面が真っ白だった。本栖湖の北端の海岸を通ったとき、波が打ち寄せていたので吹いているとは思っていたのだが。
 冬枯れした木々の寒々とした暗い光景の中、白い波だけがあざやかだった。
 SoftBankの電波ははいったのでだれも聞いてないだろうが、twitterで「本栖湖なう」とつぶやいてセイルにしばらく悩んだ。本来なら5.7だ。本栖湖はどんなに吹いて見えたところでブローがきついだけで大きめのセイルが鉄則だが、そんなレベルの風じゃなかった。鬼ブローである。
 まさか本栖湖で5.3を使うことになるとは――。


 セットしたiPhoneをドライスーツの内側にいれて湖へ向かった。
 心臓麻痺を起こすなよ、と祈りながら湖水に足を踏み入れる。あまりの冷さにぎゅっと足が縮こまるのが、わかる。鋭い石を踏んだらすぱっと切れてしまいそうだ。ビーチスタートした。即プレーニング。いつものように風が触れるエリアまで突っこんでジャイブ。セイル返しに失敗して沈――しかし、ちょっと嫌な感じ。もしかしたらジャイブができなくなってる? そんな感じ。
 ウォータースタートするまで冷水の中にいた。
 冷たいというより刺すように痛い。
 ビーチにとって返す。やはりジャイブができなくなっていた。腕力がなくてセイルを引きこめないということもあるが、根本的に何かまちがっているような気もする。それを冷静に検討することすら考えつけず、ウォーターしてアウトへふたたび。鬼ブローに遭遇した。
 裏風ぇ、裏風ぇ、とつぶやきながら風を逃がしながらぎりぎりと上る。というか、上らせる以外の手段なし。すとんと風がなくなり、沈。本栖湖のガスティぶりはあいかわらずだった。
 一度、ビーチに上がり、ダウンを引き増しする。
 身体に力がなくてダウンをしっかり引けてなかったのである。
 それでセイルが軽くなった。鬼ブローにはさすがに風を逃がす以外なかったが。
 問題はアウトで沖に突っこんだときだ。風が抜けてふらふらとしているところに鬼ブローが襲ってくる。何度かいいようにされて沈。
 何本か、乗って身体も冷え、エネルギーぃ、とつぶやいておにぎりを食ったのはいいが、次の一本で沈したときに吐きそうになった。
 結局、水の冷たさと容赦ないガスティブローぶりに早々に降参して湖からあがった。自分が気づいていないが、きっと肉体は疲れているはずだ、とつぶやきながら。
 道具を片付け、帰ろうか、と思ったとき、雨があがり、陽が差してきた。

※EveryTrailの航跡データは手違いで消してしまった……。

2010年3月22日月曜日

福田和代「ヴィズ・ゼロ」

ヴィズ・ゼロ

 いつか読みたいと思っていた一冊だった。
 元々、関西国際空港を舞台にしたテロものっておもしろいんじゃね? とずっと思っていたのだ。謎のテロ集団に占拠され、孤島と化した関西国際空港! 政府に突きつける12億の身代金! ――てな。映画にも小説にもなってないよなぁ、と思っていた矢先、「堀晃のSF HomePage」で福田和代の「ヴィズ・ゼロ」の存在を知った。まさにそのような作品らしい。
 読後、複雑な気分にさせられた。
 最後までおもしろかったのだが――読み終えたのだからもちろんそうだ――、ふと懸念を抱いてしまった。もしかしたら古き良き冒険小説はもう現代を舞台にしては成立しないのだろうか、と。古き良き冒険小説というのはたとえば、アリステア・マクリーンの「ナヴァロンの要塞」であり、「北極戦線」であり、デズモンド・バグリィの「高い砦」であり、ハンス・オットー=マイスナーの「アラスカ戦線」だ。第二次大戦に時代を設定すれば、可能かもしれないが、2000年以降の現代ではどうだろう、と。
 未読だけれども「プロメテウス・トラップ」のことを考えれば、作者の個性による偏差なのかもしれないのだが、「ヴィズ・ゼロ」は冒険小説的な道具だてのおもしろさよりも「ファントム」が際立っている――事実、ラストにあるように「ファントム」がかくれた主人公でもある。つまりハッカー小説のおもしろさ。

 「CORE」という映画を観たとき、確信したのだが、ハッカーは現代に蘇えった魔法使いである。勇者の物語の中で、魔法使いの役割といえる。勇者に機会をもたらすジョーカー。
 古き良き冒険小説――「大人の男のための男の物語」――は魔法使いのいない勇者の物語だ。世界には魔法などない、という苦い認識から出発した物語。だからこそ、肉体のみをたよりとする物語になる。しかし、日常の隅々までコンピュータネットワークが張り巡らされつつある現況ではフィクションの中で魔法使いとしてのハッカーが蘇えってきつつある。そのことが悪いということはまったくないのだが――そうであるなら、古き良き冒険小説――勇者のみの物語は成立しづらくなるのも当然なのかもしれない。

2010年3月8日月曜日

カール・R・ポパー「果てしなき探求 -知的自伝-」

果てしなき探求(上) -知的自伝ー
果てしなき探求〈下〉―知的自伝

 もちろんポパーを読んでみようと思ったのはナシーム・ニコラス・タレブ「ブラック・スワン―不確実性とリスクの本質」の影響なのだが、「果てしなき探求」を読んでみてあらためてカール・R・ポパー「探求の論理」を読んでみよう、と思った次第だ。それほど魅力的な上下巻だった。ほかのポパーの書籍には触れたことがないのでもしかしたら、なのだが、「果てしなき探求」はポパーの思想的遍歴の入門書になっているのではないだろうか――そして、救いを得た。

 救いというのはたとえば、次のような言葉がある。転向。以前とちがうことをのべて「以前とはちがうことをいっているじゃないか」と非難される。たとえば、そのようなこと。その非難を予測してしまうと、口をつぐむしかない。自分が今、語っていることはもしかしたら無知からきているかもしれないからだ。自分が無知であることは自覚できても無知の内容は自覚できない以上、それをつねについてまわることだ。

 そして、過去をふりかえってみれば、自分の考え方がいろいろと変転をくりかえしてきていることがわかる。歳をとれば、なおのことそうだ。歳をとると過去の発言、自分が残した言葉が思考の足枷になっていることがわかる。そのことに気づくことは思った以上にすくないかもしれないが。人には現状維持バイアスがあるので過去の自分を肯定したい、という傾向がどうしてある。

 考えを変えることは悪いことだ――という無意識の圧力がある。意思を貫き通すということが肯定的にあつかわれる以上、それは否定的な圧力だ。たぶんこれは文化的なものだろう。そのように共同体から教育されてきたわけだから。

 ところが考え方は変わり得る。

 知識が追加されれば、見方が変わることは充分にあり得る。問題はそれを充分、批評的に検討した結果か、ということだ。人にはバイアスがある。意識することなく保身に走ることもよくある。別にポパーがそれらのことを肯定しているわけではないのだが、ポパーはいう。すべての理論は仮説である、と。どんなに実証されたとされる理論であっても仮説である、と考え、その反証可能性があることが科学の理論だ、という。それゆえに理論は永遠に真理の近似値でしかない。そして、科学の理論が発達するのはその反証可能性ゆえに理論が批評に晒されることによってだ、と。極端な話、実証は何の証拠にもならない、とすらポパーは考えているようだ。

 つまり自己肯定バイアスに身をまかせてポパーを拡張するならすべての考えは仮の考えでしかなく、あたらしい知識によってそれは否定され得る。また、そうでなければ、考えが前に進むことはないであろう。しかし、それは批判的に行なわれなけえばならない、と。

 いずれにしてもポパーの「探求の論理」をいつか読んでみたい。

2010年3月1日月曜日

BUFFALO Air Station NFINITI 11n/g/b USB用 無線子機 WLI-UC-GN


 iPhoneは無線LANに接続可能だ。
 その場合はあたりまえだが、softbankに回線使用料を支払う必要はない。自宅に無線LANがあるのならそこに接続してiPhoneからインターネットへでていける。そうしてクラウドコンピューティングの端末として使えることがiPhoneの魅力のひとつだろう。たとえば、パソコンの前でなくてもさっとiPhoneでアクセスできるのだ。ベットに寝転がってYouTubeを見るなんてこともできる。
 その手軽さを考えると、やはり無線LAN環境が自宅に欲しくなる。
 というわけで無線LANルーターを購入しようか、とも思っていたのだが、なにしろクライアントは今のところ、iPhoneだけだ。いくらなんでも無駄じゃね、という思いもあってルーターを買う気になれなかった。それなりの値段がすることでもあるし。
 そうやってヨドバシカメラをうろうろしていたところ、「BUFFALO Air Station NFINITI 11n/g/b USB用 無線子機 WLI-UC-GN」が目についた。なんとパソコンを親機にしてiPhoneを接続してインターネットへでていけるというのだ。おおっ、これぞ、求めていたものではないか。値段もルーターにくらべれば、安い。
 で、購入した。
 自宅に持ち帰り、取扱説明書を見て失敗したか、と思った。というのも何を書いているのか、さっぱりわからない書き方をしていたのだ。いったいどうやれば、ぼくのやりたいことができる、というのか。BUFFALOのサイトを見てみてもさっぱりわからない。ググってここのサイトのいうとおりにしてなんとか稼働させることができた現在でもこの説明書はひどすぎる、と思う。
 いずれにしても先行者がいてくれて助かった。感謝である。

2010年2月25日木曜日

iBearMoney



 お金を管理するために、ずっと貸借対照表――BSが出力できるものはないか、と探していた。個人のお金の管理なんてこづかい帳で充分だろう、という意見もあるかもしれない。しかし、それだと損益計算書――PLしか把握できない。定期的な収入があって財布の出し入れを管理するだけならたしかにそれで充分なのだが、現在、貯金を取り崩して生活している立場上、それだけでは不十分だろう。各銀行口座の状態を把握し、負債を管理するにはやはり、BSが必要だ。
 収入のない立場で負債――借金なんてもってのほかだ、と罵しられるかもしれないが、世の中にはローンとか、クレジットという形でどうしようもなく、発生する負債が存在する。それにBSで見ると、借金――負債が即それだけで問題とはいえないことがわかる。問題はそれをコントロールできないことなのだ。
 というわけで負債の管理をするためにBSは必須で、こづかい帳のようなPLだけでは力不足という結論に逹っする。

 実はHP200LXにはクイッケンというすぐれたソフトが同梱されていてそれがたぶん、理想に近いはずなのだが、以前、データの入力している途中でふっ飛んでしまったので使うのをあきらめてしまっていた。
 そうした中でiPhone上で動作するiBearMoneyを見つけたわけだ。
 最初は無料版で試していたのだが、ほぼ、望みは果せるようなので有償版に切りかえることにした。というのも無料版は機能制限版というよりも操作の邪魔をするようにできているため、非常に不愉快だったのだ――そのこと自体は勘弁ならん、と思っているのだが、日本語化された同等の機能を持つものが見当たらないので購入した。
 そして、iPhone上で動作するというところはかなりポイントが高い。
 というのも支出が発生した段階――スタバでコーヒーを飲んだ――そのタイミングでさっさとデータを入力してしまうことができるからだ。この、都度入力ができるというのがなんといっても助かる。レシートを見ながらその日の夜に入力なんて絶対、やらなくなってしまう。
 そういう意味でもiPhoneは携帯端末として便利だな、とも思う。

 ところで自分の手持ちのBSを管理したところ、やばい、という危機感がふつふつと沸いてきているところだ。
 やはりおれの人生に収入は必要だ。

2010年2月22日月曜日

デビッド・アレン「はじめてのGTD ストレスフリーの整理術」

はじめてのGTD ストレスフリーの整理術

 インターネットにはいろいろな情報があるもので。
 GTD(Get Thing Done)という手法がある、ということを知ったのもインターネットでだったが、なんとなくわかったつもりになっていたのもインターネットのせいだった。ところが提唱者の本を実際に読んでみたところ、思った以上にちがっていた。つまりぼくはGTDはtodoリストのちょっと進んだものと思っていたのだが、そうではなかったのだ。
 もしかしたらかんちがいしていたのは世の中でぼくだけかもしれないが、GTDのポイントはプロジェクトとか、next actionではなく、実は次の三つではないか。

・頭の中にある「気になること」をすべて外にだす。
・「気になること」を行動までブレイクダウンする。
・週次レビューを行なう。

 「気になること」をすべて、というのがとてもポイントが高いように思う。
 これはビジネス、プライベートの区別なく、すべて、という意味だ。何もかも、リストとして吐き出す。自分の全作業を把握するためでもある。そのため、週次レビューはかかせない。そうしないと、全作業が把握できなくなるからだ。
 そして、行動までブレイクダウンというのは――next action――、todoではなく、実際の行動を考えるということだ。たとえば、「求職活動」、というtodoリストではGTDではない。next actionとして「ハローワークへ行く」という風に行動までブレイクダウンしてこそ、GTDらしい。
 行動までブレイクダウンされていれば、たとえば、ネットで行なうことがビジネス、プライベートであったとき、パソコンの前でその行動リストをこなしていくだけで、いい。そうするためにも「気になること」はすべてなのだ。
 そうやって今までの自分のtodoリストを見返してみると、具体的な行動にブレイクダウンしていないせいで、いつまでも残留しているtodoの多いことよ。

2010年2月16日火曜日

iPhoneについてなど


 先月――1月末にauからsoftbankに乗りかえた。
 理由は簡単、iPhoneが欲しかったからだ。元々、iPhoneがアメリカで販売されたときから欲しいと思っていたのだが、残念ながら日本でのキャリアはsoftbankであきらめていた。別にNMPがあったのだからその必要はなかったのだけれど――踏ん切りがつかなかった。
 その踏ん切りをつけてくれたのが、twitterだった。まだ、twitterははじめたばかりではまっているというわけでもなかったのだが、おもしろそうな感じはうけていたので――iPhoneからtwitterをするのがいいという風評もあり、これはiPhoneにするしかないかな、と。御前崎へウィンドに行って「御前崎なう」とつぶやいてみたいなどと考えたわけだ

 で、iPhoneのキャンペーンをやっていたこともあり、softbankへ切り替えた。最後の最後まで金がないので躊躇していたことも事実だが。長いこと使用していたiPodの電池の保ちが悪くなっていることも背中を押してくれた。
 はっきりいって以前のauは携帯端末として所有していただけだった。
 どの機能もそれほど魅力を感じず、どのサービスを利用するにもユーザから金を絞りとるものとしか、見えなかった。今だに使い方もほとんど把握していないほどだ。マナーモード切り替えすら知らないし、着信音すらかえていない。
 それほど、いじる魅力がなかった――。
 ところがiPhoneである。
 タッチパネルがこれほど、快楽とは知らなかった。


 もちろんタッチパネルがすべてではない。
 携帯端末好きには工夫しだいで様々なことができるということはたまらなく魅力的だ。いじれる、工夫できる、というのは快楽なのだ。それが以前の携帯電話では何もできなかった。根本的には単なるコンピュータだというのにだ。それでマーケットを創出できると思っているところにメーカー側の傲慢さがある。
 たとえば、GPS機能だ。
 以前の携帯でもGPS機能はついていたが、ほとんど利用できなかった。今、いる場所を相手にメールで送信できますって? は? 何、それ、である。機能があるのにそれを利用する手段が御仕着せのものしかない。げんなりしたね。興味すらなくしたよ。
 iPhoneはGPSロガーとして使用することができる。もちろん、デフォルトの機能ではないが――デフォルトの機能のマップぐらいしかないが、それすら以前の携帯にはなかった――、ネットと連携したEveryTrailというようなアプリがある。それをダウンロードしてくれば、GPSロガーとして使用できる。
 そして、何がよいか――以前の携帯とちがうか、というと、たとえ、そのようなアプリがあったとしてもそれを御仕着せのものでしか、なく、こちら側に選択肢がなかった。iPhoneのアプリはいろいろとあるため、GPSロガーにしても何種類か、あるうちから選択することができる。
 ちなみにGPSロガーについてはウィンドの航跡を記録したいと思い、一度、GPSロガーを購入し、その直後に壊してしまった、という苦い思い出がある。今のところ、いろいろとアプリを見た感じだとEveryTrailがよさげだ。あとは海に行く機会と、iPhoneを身につけて海にでる勇気だけだ。


 iPhoneの魅力のひとつはネットとの接続を前提に考えられていることだろう。
 とくに素のiPhoneでもおそろしいことに、Googleのクラウド環境へSafariで接続できるのだ。これでたいがいのことはできてしまう。それだけでも充分なくらいで、それだけで携帯電話より使用価値はまちがいなく高い。しかもWi-Fi接続が可能なのだ。
 ちなみに昔、auの携帯のOperaからインターネット接続して天気図を見ていたのだが、画像データのドットを――おそらくデータ量を減らすために――抜かしていてなんのために天気図を見ているのか、わからなくてげんなりした。風向の矢印がどっち向きなのか、わからなかったりしたのだ。きわめて許し難かった。この件に関しては一生、auを恨みつづけるつもりだ。


 今のところ、iPhoneのアプリのお気に入りは次の二つ。いずれもまだ、無料版を使用中だが。

・iBearMoney
・Evernote

 Evernoteはほとんど携帯端末としてはキラーアプリケーションといえるのではないだろうか。

2010年2月2日火曜日

ナシーム・ニコラス・タレブ「ブラック・スワン―不確実性とリスクの本質」

ブラック・スワン[上]―不確実性とリスクの本質

ブラック・スワン[下]―不確実性とリスクの本質


 まちがいなく衝撃的な一冊だ。
 「まぐれ―投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのか」につづく、不確実性に関する話なのだが――自分の不明を恥じるしかないのだが、すっかりぼくは誤解していた。「まぐれ」のあとに読んだ「数学的にありえない」「たまたま―日常に潜む「偶然」を科学する」「確率の科学史―「パスカルの賭け」から気象予報まで」といった不確実性の本と同じだと思っていたのだが、タレブはそれらにたいしても批判的だということに「ブラック・スワン」でようやく気づいた。
 タレブはギャンブルの不確実性を「遊びのあやまり」として切って捨てているのだ。そんなもの、確率がわかるじゃないか、と。それは最近、競馬をやっていて考えていたことシンクロしている部分があってので驚く。といってもこれはぼくの考えがシンクロニシティを起こしていた、というよりも因果を逆に考えているだけだ。
 たまたま、最近、ギャンブルについて考えていたことと、タレブの考えに一致している部分があった、というだけだ。ぼくが気づいていたからタレブの考えと一致したわけではない(つまりぼくの脳みそがタレブなみにいい、ということではない)。
 それはギャンブルは不確実か、ということだ。
 サイコロの次の目はけしてわからない――そのこと自体は不確実だし、それがギャンブルなのだが、それは飼いならすことができる。そして、飼いならしているのはカジノ側であるというだけだ。プレイヤーは不確実性に踊らされるが、カジノ(主催者)側は確率によってその不確実性を制御している(だからこそ、あんなに大儲けしている)。
 しかし、現実は――たとえば、株式市場は何が起きるか、わからない。その予測不能性、不確実性においてギャンブルなど、凌駕している。
 ということは――と考えたのがぼくの考えだ――株式市場に必勝法はないかもしないが、ギャンブル、競馬には必勝法があるのではないか、と――。まぁ、ぼくがたんに愚かなだけなのは承知しているが(競馬をはじめたのでバイアスがかかっているのは認める)、いずれにしても考え方はたぶん「遊びのあやまり」と同じだ。
 つまり、人生はギャンブルなんかよりもはるかに不確実に満ちている、ということなのだが、問題はぼくらはギャンブルほどにそのことに不確実性を感じることができない、ということだ。

ついろぐ(読んでたときのつぶやき)

2010年1月9日土曜日

中島梓「転移」

転移

 「アルコール依存症にもなったし」というくだりに軽くショックをうけた。
 スティーヴン・キングも「小説作法」を読むかぎりではコカイン中毒で、アルコール依存症だったらしいし、笠井潔「スキー的思考」で少しだけ描かれていた中井英夫もアルコール依存症だったように見える。
 どんなに才能があったとしてもそれだけ小説家という職業はきびしいということだろうか。中島梓――栗本薫のアルコール依存症が小説に関するストレスのためなのか、どうかは書かれていないが。
 それにしても中島梓がかぁ、という思いがある。
 彼女がまさに彗星のごとくあらわれたときことは覚えていて当時、高校生だったぼくはまぶしいものを見るような思いで見ていたものだった……「平凡パンチ」だったか、「週刊プレイボーイ」にインタビュー記事が載ったのだ。まだ、乱歩賞をとる前で中島梓としてのインタビューだった。ヤングサイダーメッセージというタイトルのシリージのひとつだったように記憶している。その中で飛ぶように駆けるように小説を書いていて、読むに耐える長編は二本とか、いっていた。そのうちの一本が乱歩賞を獲った「ぼくらの時代」だったのではないか……。
 乱歩賞受賞以前にもすでに「奇想天外」というSF専門誌で作家論をはじめていて――ぼくはそれを毎号、何度も読み返していた。それがあるとき、「ヒロイックファンタシィノート」という評論を載せたあと、あの「グイン・サーガ」が凄い勢いで出力されはじめたのだった。
 もうあれから30年以上が経っているのか。
 2009年5月26日、中島梓永眠。合掌。