2010年11月10日水曜日

ヨイチサウス

 最初はダメだと思っていた。
 2008年2月9日東京競馬メイン。白富士ステークスのパドックだ。このレースに去年から追いかけていた――意識していた馬がでていたのだ。ヨイチサウス。パドックの最初の方の周回ではどうもいまいちだった。気合乗りが足りない。いつもならもっと気合が入った歩き方をするのだが。
 今日は買えないかもしれないな。
 今までにも、そう思いながらの買い続けてきた馬だった。
 ほんとうに買えそうもない――というのも、今年になってから東京競馬の馬券の買い方を変えてしまったからだ。単勝オンリー。ヨイチサウスはオープンで勝つにはちょっと力不足と考えていた。1000万クラスを勝ち上がるとき、現場にいれなかったので馬券を買えなかったのが、つくづく残念だ。
 そこまでヨイチサウスに執着するのはぼくにとって確信の馬だったからだ。

 はじめてヨイチサウスの馬券を買ったのは去年の1月28日第10レースでのことだった。ちょうど一年前だ。
 その頃、年初からの馬券が絶不調で、パドックで見つける馬はことごとく外しまくっていた。その日もとことんダメだったのだが、第10レースのパドックで、一頭の馬に心魅かれた。それがヨイチサウスだった。確信。この馬はくる、と。一頭だけが抜けて見えた。
 オッズは単勝8000円の超穴馬。
 単複の馬券を買った。ほんとうにその一頭だけの馬券だった。
 レースはヨイチサウスの逃げではじまり、ゴール直前まで逃げ粘り――直線の坂では後続を突き離すほど――、最後の最後、坂を上り切ったあとの直線で一番人気の馬にかわされてしまった。
 それでも複勝1280円。
 得たのは金ではなかった。また、馬券を買っていくために必要な確信というやつだ。
 負け続けの馬券人生だが、それでも時折、くる、という確信を持つことができた馬がいる。ワイルドバッハ、ターフメビュース、リトルガリバー……。そういう馬とのほとんど偶然に等しい出会いがなければ、馬券を買い続けることなど、できなかった。
 そして、そういう一頭がヨイチサウスというわけだった。

 パドックに雪が舞いはじめた。
 白富士ステークスのパドックはヨイチサウス以外の馬でもほとんどよさそうな馬は見当らなかった。かろうじてぼくのアンテナにひっかかったのはメテオバーストぐらいだった。それでも普段なら疑問符のつく馬だった。
 藤沢厩舎ということで期待していたピサノパテックはかかりすぎていて買う対象にはなり得なかった。
 くりかえしくりかし目の前を通りすぎていく馬をひたすら見つ続ける。
 ふと気づく。
 ヨイチサウスの雰囲気がかわっていた。歩容に力強さがでてきた。そうやって全体を比較すると、ヨイチサウスが抜けているように思えた――買いだ。
 そして、トーホウアランも悪くないことに気づいた。
 パドックの周回が終わった。
 騎乗合図。
 ピサノパテックはその間、小さくその場で回されていた。その一瞬、落ち着いた歩容を見せた。ぎょっとなる。むちゃくちゃ、いい馬格だったのだ。さすが藤沢厩舎。油断も隙もあったもんじゃない。きっちりと仕上げてきていた。

 買い目はピサイノパテック、ヨイチサウス、トーホウアランの三頭の単勝。
 去年のヨイチサウスのことが頭をよぎる。やはりヨイチサウスの一着はむずかしいか――と。複勝なら獲れるかもしれないが、単勝は難しいか、と。
 前走、16着だったが(当然、その馬券も買っている)、あれは中山だった。ぼくの見立てではヨイチサウスは中山よりも東京の方が合っている。複勝圏は充分、ありうる。だが、単勝はなぁ。くるとしたらやはりピサノパテックか。
 レースは案の定、ヨイチサウスの逃げではじまった。
 下り坂になる向正面では五馬身ほど離したが、コーナーにはいるころには後続との差はなくなった。最終コーナー。ヨイチサウスが先頭。いい感じだ。手応えは充分、残っている。右後ろに続く二番手が気になるのか、やや苛立った感じが見えるが。直線。坂。ヨイチサウスは後続を突き離せない。
 後続の足色がいい。
 やはりだめか。
 レース実況も後ろの馬に焦点を合てている。カメラの映像もそちらにふられた。ピサノパテックが間を抜けてくる。カメラが先頭に戻ってきた。
 その先頭を走っている馬がヨイチサウスだとは思ってなかった。
 画面から消えている間に二番手に抜かれてしまったとばかり思っていた。
 ヨイチサウスだった。粘っている。抜かれそうで抜かれない。実況も驚いている。
 ピサノパテックが二番手集団の中にいた。
 そっちがきてくれても馬券は的中だ。
 しかし――。
「残せっ残せっ残せっ、江田っ」
 去年の悪夢が一瞬、頭をよぎる。坂を上り切った瞬間、どっと抜かれてしまうんじゃないか。坂を上り切った。二番手集団が固まってヨイチサウスに追いつく。
「江田、頼むっ」
 あっ、と思った瞬間が、ゴールだった。
 ぎりぎり、頭ひとつ、ヨイチサウスが先着していた。

 ヨイチサウス一着、単勝3970円。二着ピサノパテック。トーホウアランは五着だった。馬連3万7630円、馬単8万480円。
 獲ったのはヨイチサウスの単勝だけだったが――。