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2021年9月20日月曜日

2021年9月17日金曜日

しばらくscrapboxに移行してみる

 また性懲りもなく、Scrapboxを試してみようと思っている。
 使えれば、おもしろそうな予感はあるのだけど——カード一覧みたいな表示は良い——、なかなかピンとこない。 増井先生のページを読んだり、 橋本商会のページを読みふけってみたり。
  書籍脳の話を読んでつらつら思うに、まとまった文章を書かないといけない、という思い込みがやはりある。以前から感じてはいたのだけど。
 Scrapboxならどーでもいいことを気楽に書けるんじゃなかろうか。「どーでもいい日々」なわけだし。

 どーでもいい日々

2021年9月14日火曜日

DOT言語

 以前、使ってみようとしたのだろう。
 MacBook Airにgraphvizがインストールされていた。
 たどり読みをグラフ化したい、と思っていれたのだろうけど。

 今回はすこしがんばった。
 どうもDOT言語というもので記述すれば、いいらしい。
 とりあえず、読了本と参考文献のリストをDOT言語に変換してfdpでpdfを生成した。

fdp -Tpdf abc.txt > a.pdf

 fdpを使用したのはdotだとリンクが浅すぎて横に広がりすぎていたから。

 まるで胞子をたくわえた黴の写真のようだ。
 赤は読了した本。
 中央左寄りと右上にあきらかなクラスタがある。
 当たり前だけど、参考文献が多い本ほど、胞子が増えるので固まりになる。同じ作家の本を読むと、それがさらに固まりを成長させる——同じ参考文献が載っていたりするので。ちなみに中央左寄りはナシーム・ニコラス・タレブ、右上はユヴァル・ノア・ハラリ。
 例外的なのは右上の右端だ。
 これは笠井潔の「新版 テロルの現象学――観念批判論序説」で、ユヴァル・ノア・ハラリの「サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福」とのあいだに、ジョージ・オーウェルの「一九八四年」でリンクが発生していた。

 おもしろい。

 ちなみにtwopiというコマンドもあって中央に複数のリンクのあるものが集まるようになるみたいだ

2021年9月13日月曜日

2021年 第36週

また体重が落ちなくなった。
それにしてもヘルスデータを歩数からアクティブエネルギーに変えたのだけれど、歩数ほど日々の差がないなぁ。これはあれか? 歩いても歩かなくても似たようなものってこと?

2021年8月25日水曜日

2021年 第33週

さすがにご飯もの三回はリバウンドの元。

2021年7月30日金曜日

健康志向

 ブログを読み返してみると、自分がものすごく健康志向のような気がしてくる。
 酒も煙草もやらないし。
 健康食品や健康器具はまず詐欺案件と考える人間なんだが。
 まあ、自分の身体が一番身近ということなんだろう。

2021年7月28日水曜日

日記など

 日記は中学のころからはじめた。
 何を読んだか、読書の記録をするのが目的で、それ自体はいつだったか、日記から読んだ本の一覧を抽出したので無意味になっているのだけれど。たぶんその一覧をつくったあたりからほとんど、日々のことを記録しなくなった。時々、**読了。と書いているだけ。
 別段、それで問題はないし、そもそも昔の日記など読み返したくもない。七転八倒してしまうのは目に見えている。恥かしさのあまり「エウレカ!」と叫んで街を走り回ってしまうにちがいない。
 ——何を発見したんだか。

 食事の記録、体重、入出金は別口で記録している。

 結局、ただの習慣でしかない——日記をはじめるとき、決めたのだ。読んだ本のことだけは記録する、と。なのでつづいているようなものだ。それなら書かない日があっても問題はないので。

 だけれども一日の終わりに今日あったことを思い出すことは脳が衰えてきている人間にとってよいことではないかろうか、と思い直した。 佐藤雅彦「認知症になった私が伝えたいこと」を読んだ影響かもしれない。
 もうひとつ、書くということの利点に、忘れることができる、というものがある。
 嫌なことというのはアウトプットしてないと、いつまもでくりかえし、頭の中にもどってくるのだ。どういうわけか脳に貼りつく。アウトプットは人に話す——愚痴とかはだめで、これは逆にくりかえし、思い出す羽目になる。
 ところが文章だと、不思議なことに脳からなくなる。思い出さなくなる。
 思い出しても他人事のようになっている。
 別に悪口を書いて溜飲を下げているわけではないのだが。

 というわけでしばらく日記を書いてみようか、と思っている。
 半分、備忘録がわり。

2021年7月22日木曜日

リストレスト

 掌の小指側の手首あたりの骨が出っぱっているけれど、そこが急に痛くなった。

 ちょっと触るだけでもかなり痛い。
 ——なんぞ?
 どうやらトラックパッドを使うとき、この出っぱりを支点にしているらしい。
 そこでマウス用のリストレストなるものを購入した。

 ところが、マウスのときに 1使用したら右小指が激痛を発して突っ張ってしまった。曲げられない。
 なので本来、マウス用にもかかわらず、トラックパッド専用である。

Footnotes:

1

Windowsを使うときはマウス。

2021年7月21日水曜日

マスク

 コロナ禍の影響でだれもがマスクをつけている。
 ほとんど部屋から出かける用事がないので、あまりやっかいにならないのだけれど、食材の買い出しとか、行ったとき、なぜか、喉がいがらっぽくなる。マスクをつけているにもかかわらず。よくわからない。外気の埃とかが喉にきているんだろうか。
 ——マスクをしているのに?
 待て。
 あるとき、気づいた。
 マスクで雑菌が繁殖しているのではないか。ほとんど使っていないので、一週間ぐらい前におろしたマスクをつけている。当然、そのあいだに雑菌が繁殖していることだろう。それを吸い込んでいるから喉がいがらっぽくなっているんじゃないか。そういえば、寒いころは起きてなかった。

 マスクを変えたらいがらっぽくなくなった。

2021年7月14日水曜日

佐藤雅彦「認知症になった私が伝えたいこと」

 二度ほど記憶を失くしたことがある。
 一度目は交通事故なので、これはあきらかに外因性なのだが、もう一度はウィンドの帰りに記憶を失くした。
 いろいろあったのだが——断片的な記憶は残っている——、ぎょっとしたのはLINEのやりとりだった。どこにいるのか、わからない、と何度もメッセージを送り、今打ったメッセージの記憶がない、とパニックになっていた。
 そのパニックになったときの記憶は翌日の自分にまったくなかった。
 よく自力で家にもどれたものだ。

 なので認知症になるということはそういう感じなのだろう。
 以下は著者が認知症にそなえて、という一覧。

[ ] 将来、どこに住みたいか、どんな暮らしがしたいかをまとめておく。
[ ] 自分史を書いておく。
[ ] 財産目録を作成しておく。
[ ] 生命保険の書類をまとめておく。
[ ] 家の登記簿をまとめておく。
[ ] 遺言書を作成しておく。
[ ] 終末期医療の治療の希望をまとめておく。
[ ] 自分が死亡したときの連絡先をまとめておく。
[ ] パソコンやタブレット端末の操作を覚える。
[ ] 不必要なものは早めに捨てて、シンプルな生活を心がける。

 メメントを思い出す。