横断歩道を渡り切った瞬間、交差点の方からバンッと凄い音がした。車がぶつかった音。iPhoneで音楽を聞いていたにもかかわらず、はっきりと聞こえた。反射的にそっちを向くと、車が自分に突っこんでくるところだった。タイヤのスキッド音――やばい。死んだ、と思った。テレビの衝撃映像みたいだ、とも――。
うしろからはおばさんの悲鳴が聞こえた。
衝撃映像で車が店内に突っこむシーンが頭に浮かんだ瞬間、すぐ目の前でガードレールがひしゃげ、車が凄まじい衝撃音をあげて停止した。ほとんど音ではなく、振動を身体で感じた。
車のものらしい破片が自分の回りに飛び散り、道路に転がる。そのうちのひとかけらはうちに帰ったあとで手にしていたバッグの中から出てきた。
歩道に乗りあげなかった車を見てよく飛びこえてこなかったな、と思いながらiPhoneのイヤホンをはずした。
飛びこんできたら避けることは不可能だった。
どうしようもない。
瞬間、何の理由もなく、人は死ぬのだ、と思った。
運転手はだいじょうぶだろうか、とようやく思い至り、一瞬、血まみれの運転手が頭を過った。そして、この様子を携帯で写真を撮ったらさすがに不謹慎だろうな、という考えも頭の中を通りすぎた。
失職中だから死んだ方がましだったかもしれない、とブラックな冗談を思いついたが、さすがに話す相手はいなかった。
潰れたフロントを見ながらガソリンはこぼれてなさそうだな、と判断して――白い蒸気はラジエターのものだろう――、運転席をのぞくと、運転手はしまった、という顔をして携帯電話をかけようとしていた。サイドウィンドウのノックしてだいじょうぶですか、と聞いたが、ちょっとわずらわしそうな顔をされてしまった。
左手を見ると、タクシーが歩道に突っこんでいる。
おそらく二台が交差点で衝突したのだろう。そして、一台がぼくの方へ突っこんできた――。
まだ、だれも集まってきていない。
タクシーの方へ行き、中をのぞきこむと、ちょうどエアバックがしぼんだところで運転手はしまったぁ、事故ってしまったぁ、という慚愧の念にたえないという顔だった。こちらの運転手も携帯で電話をかけようとしていた。声をかけても見ようともしないが、とりあえず、ふたりの運転手は無事なことが確認できてすこしほっとした。
騒いでいるおばさんたちの方を見ると――たぶん悲鳴をあげたおばさん――、携帯を取り出して事故を撮影していた。それでちょっとくやしい気がしてぼくも何枚か、撮影した。
結局、自分が死ぬところだったのだ、と恐怖を多少、感じたのはだいぶん経ってからだった。起きたことを思い出しているうちに死んでもおかしくなかった、と。
突っこんできた車はガードレールと――もしかしたらスピンしていて縁石に横から当たったのかもしれない――それで歩道まで乗りあげなかったのだろう。もし乗りあげていたら無事ではすまなかった。
そうなっていたら何の理由もなく、何の因果もなく、あのタイミングであそこにいたためにぼくは死んでいた。
あらためて撮影した写真を見ると、状況はちがっていて車は歩道に乗り上げていた……。