Emacsはエディタのなのでテキストを表示できるのは当たり前だけれど、画像もインラインで表示できる。こんな感じ。
iimage-modeというのがあって、テキスト中にイメージファイルのパス名を書いておくと、自動的にインライン表示してくれる。便利なのでずっと、使っていたのだけど、ふと気づくと、Org-modeが画像のインライン表示をサポートしているのであった。org-display-inline-images。
Emacsはエディタのなのでテキストを表示できるのは当たり前だけれど、画像もインラインで表示できる。こんな感じ。
iimage-modeというのがあって、テキスト中にイメージファイルのパス名を書いておくと、自動的にインライン表示してくれる。便利なのでずっと、使っていたのだけど、ふと気づくと、Org-modeが画像のインライン表示をサポートしているのであった。org-display-inline-images。
よくわからんなぁ。
VirtualBoxにFreeBSDを入れて、ネットワークアダプタを二つ定義した。NATとホストオンリーアダプタである。これでパケットの到達性はグローバル、ローカルともに確保されたはず。VirtaulBoxのホストOSであるMacOSへの到達性を考えなければ、NATひとつだけで充分なのだけれど。
で、よくわからないのはAvahi——mDNSの名前解決。あるいはAppleでいうBonjour。というのもMacBook Airをスタンドアローンにして使うと、MacOS、FreeBSD on VirtualBoxともに相手の名前を解決できるのに、無線LANにつないだとたん、FreeBSDから名前解決できなくなる。——なんで?
さらにいうならスタンドアローンの状態で、FreeBSD側でネットワークアダプタにDHCPでアドレス解決していないと、MacOS側から名前解決ができなくなる。FreeBSD側からはできるのに。
というか、ホストオンリーアダプタなしNATのみの状態でもFreeBSD側からはMacOSの名前解決がされている。ただし、到達性のない「127.0.0.1」というIPアドレスで。いやぁ、わかるような、わからないような。おそらくMacOSにとって自分自身のホスト名は当然、「127.0.0.1」——localだからそれを返却しているのだろう。自分自身が自分の名前解決をしていると思っているのかな?
などと思い悩んでいると、avahi-resolveというコマンドがあることに気づいた。使ってみると——。
$ avahi-resolve --address 192.168.56.1 192.168.56.1 MacBookAir.local $ avahi-resolve --name MacBookAir.local MacBookAir.local 192.168.56.1 $ ping MacBookAir.local ping: cannot resolve MacBookAir.local: Unknown host $ ping 192.168.56.1 PING 192.168.56.1 (192.168.56.1): 56 data bytes 64 bytes from 192.168.56.1: icmp_seq=0 ttl=64 time=0.200 ms 64 bytes from 192.168.56.1: icmp_seq=1 ttl=64 time=0.418 ms ^C --- 192.168.56.1 ping statistics --- 2 packets transmitted, 2 packets received, 0.0% packet loss round-trip min/avg/max/stddev = 0.200/0.309/0.418/0.109 ms
これはMacBook Airが無線LAN接続しているときに、VirtualBoxのFreeBSDで操作したもの。あっ、名前解決しているじゃないか。でもpingで名前指定では「Unknown host」になっている。
これはあれだ。名前解決の順番に問題があるんだ。
たしか、/etcの下に設定ファイルがあったはず……。
「/etc/nsswitch.conf」だった。あれ? こんな名前のファイルだっけかな?
この中に名前解決する順番が定義されている。
hosts: files dns
となっている。
おそらく、DNSにつながっているとき、名前解決ができないのはこのせいだろう。DNSが「Unknown host」を返してしまっているのだろう。
じゃ、こうだろう。
hosts: files mdns dns
DNSで名前解決する前にavahiで解決すれば、問題ないはずだ。
ただし、この設定を有効にするには「nss_mdns」のインストールが必要で、「pkg install nss_mdns」した。
以上で問題は解決——かつてThinkPadからMacBook Airを引けなかった問題も解決した。ただし、Avahiは「traceroute」で1階層でつながっていなければ、ならないらしく、それより上の階層の名前解決はできなかった。
たとえば、MacBook Airと同じレイヤーにある機器にはVirtualBoxの中のFreeBSDからは名前解決できなかった。NATごしにIPは到達できるのだが。
ちなみにmdnsが名前解決できなくてもDNSはちゃんと呼ばれているらしく、グローバルの名前解決できているようだ(ブラウザでサイトが開けた)。
あといくつか、メモ。
以上。
ああ、すっきりした。
MacBook Airを購入したばかりのころ、何でこんなに電池の保ちが悪いんだ、と思っていたものだった。しかもいつも筐体がほんのり暖かい。アクティビティモニタをチェックしてその理由が判明した。
gnuplotが暴走していたのだ。
Emacsからgnuplotを使っていたのだが、Emacsを終了した際、gnuplotがゾンビになっているらしかった。なので以降、いつもEmacsを終了するときにはgnuplotをまず、終了させていた。あー、めんどくせー。
HomeBrewをひさしぶりにいじってみてgnuplotがバージョンアップしていることに気づいてupgradeした。
brew upgrade gnuplot
4.6.6->5.0である。
これでめでたく、Emacsを終了しても暴走することはなくなった。
FreeBSDのpkgになれてしまったせいか、なんとなくMacでもパッケージ管理を導入したい気分だった。アプリケーションに関しては「/Applications」に集中しているので便利なのだけれど。
昔、Macをもっていたとき、MacPortsを使った記憶はある。それともあれはFinkだったかな?
で、ググってみると、HomeBrewというものがあることを知った。HomeBrewがらみばかりがヒットしたということは流行っているのかもしれない。
EmacsはEmacs for Mac OS Xからもってきて入れたのだけれど、HomeBrewでもインストールできるそうなので入れなおした。
あとは「~/Applications」に「Emacs.app」のシンボリックリンクを張るとか。
それにしても見ると、Emacsってcocoa対応も統合されているんだなぁ。
ThinkPadのFreeBSDをMacBook AirのVirtualBoxで動くようにしたら、ネットワークドライブ経由ではなく、ローカル環境に動作するものが欲しくなってしまった。ああ、しかもだ。FreeBSDは32bitバージョン(i386)ではなく、今や主流の64bitを。
でも問題はローカルの容量が小さいことで——さてどうしたものか。
そんなことを考えてFreeBSDハンドブックをながめていたら、bsdinstallでZFSをルートファイルシステムとしてインストールできるようになっているじゃないか! かなり簡単そうだ。
たしか、ZFSはファイルシステムの中身を圧縮して使うことができたはず。それならローカルの容量の少なさはクリアできるんじゃないか。ZFSならVirtalBoxの仮想ハードディスクを可変に指定して、ほんとうに可変になって必要な分の容量しか、食わない、ともいう。たぶん(試していないけど)、UFSだとnewsfsが走った段階で、その分の容量を食ってしまうのではないだろうか。
FreeBSD-10.1-RELEASE-amd64-bootonly.isoをサイトからもってきてFreeBSDハンドブックのとおりに、インストールした。ネットワークごしにデータをもってくるところで時間はかかったけれど、ハードディスクのフォーマットなど、あれ、と思うほど、あっさりと終ってしまった。ほんとうにフォーマットされてるの? だいたいZFSにフォーマットという概念はあるのか?
スワップ領域は無駄だと思い、0を指定。
必要になったらあとでswapfileを指定してやれば、いい。
pkgでXorgとか、mateとか、Avahiとかを入れて終了。
さて、ZFSの圧縮するか、と見てみると、すでに圧縮されていた。
もうやることがない。懸念のディスク容量もほらこの通り。もちろんいろんなものを入れてないということもあるけれど。
ネットワークはアダプタを二つ有効にして、ひとつはNATでグローバルへでていけるように、もうひとつはホストオンリーアダプターを使ってローカルのネット(MacBook Airと通信できるように)に接続できるようにした。DHCPが使えたので何の苦労もなし。しかもAvahiをrc.confで「avahi_daemon_enable="YES"」にしてあるので、pingもこのとおり。
そこまでやってふと気づく。
大概のことはMacBook Airでできてしまうのに。
——これで何をやれば、いいんだ?
今だにThinkPadを使用している。FreeBSDをインストールしたやつだけれど。
これが飛んでしまったらどうしよう……、とずっと怯えていてついにこのあいだ、SSDでread errorが発生してしまった。いよいよくるべきものがきたか。
ある程度はMacBook Airに環境を移してあるのだが、あいにくPostgreSQLとかのデータベース環境はそのままだ。空き容量の問題があって二の足を踏んでいる。悩んでいたのはこのまま、ThinkPadの環境を残しておきたかったからだ。
環境の再構築が面倒だ。
ThinkPadの環境を丸ごと——つまり、SSDそのものをコピーできれば、いいのだが——それ自体はddでできるだろうことは承知していたのでいろいろ頭をひねった末。
VirtualBoxの仮想ハードディスクへddコピーすれば、いいんじゃないか。
と気づいた。
もちろんThinkPadのSSDの容量は128G。MacBook Airも同じサイズなのでローカルには無理だ。そこでネットワークドライブ——TimeCupsleに作成することにした。オフライン環境では使えないが、まぁ、そこはしかたがない。
手順は以下。
終了後、コピーした仮想ハードディスクで起動してみたたところ、見事にFreeBSDが動作した。ThinkPadと同じように。ところがマウスは効くのがだ、キーボード入力を受け付けなかった。VirtualBoxのゲストとして動くために必要なVirtualBox-Guest Additionsをいれてないからだった。
ThinkPadのFreeBSDは今だ動いている。
島田荘司「アルカトラズ幻想」(上) 島田荘司「アルカトラズ幻想」(下)
まぎれもなく小説だけど、これってほんとうに小説なのか?
思い返せば返すほど、異様で歪だ。話が、ではない(もちろん話自体もとんでもないのだけど)。小説としての構造が歪だ。こんなんありなのか?
小説を読んだことがない人間がはじめて書いた小説、というのならまだ納得できる。ところが作者は何十冊もの著作を持つ長老ともいえるベテラン作家だ。それほど、異様で歪だ。
しかもだ。
最初から最後までむちゃくちゃおもしろく、最後にはすべてが現実の中に着地してしまう。
こんな小説が世の中に存在するなんて。
唖然とするしかない。
いやあ、おもしろい。そしてほっとした。いろいろと世の中、かわってきているんだな、と。覚醒剤常習者や性犯罪者にたいしてエビデンスにもとづいた——統計学的に有効な——治療が行なわれつつある、ということなど。
実は、テレビで自画像を描かせてその人の心理を分析するのを見るたび、これってどのていど、信頼できる話だろう、と思っていたのだけど——ほんとうらしくも見えるけど。右側に描くのは右脳が、とかいったりするのを聞いてほんとうか? と。
よくよく考えると、世の中にはロールシャッハテストというものがあるじゃないか。無意味なインクの染みを見せて何に見えるか、と答えさせるやつ。ということは自画像を分析する人は自分自身にたいしてロールシャッハテストを行なっていることになりやないか?
ロールシャッハテストによる性格診断は役立たないということが1970年代以降の研究で実証されている、という一文を読んでふとそう思った(結局、ほんとうらしく見えたのは生存者バイアスだったんだろうなぁ。ほんとうらしく見えないときは番組で放送しないだろうから)。
大竹智也「Emacs実践入門 ~思考を直感的にコード化し、開発を加速する」
まぁ、なんだかんだいって長いこと使っているのだけれど、Emacs。なのに知らないことだらけで付箋だらけになってしまった。すっかり忘れてしまったこととかあったし。
それなのにいろいろ試してみた結果、init.elにいれた修正は次の一行だけだった。あれ?
(modify-coding-system-alist 'process ".*sh" 'utf-8-nfd)
MacBook Airになってからどうもshell-modeでlsをかけると、日本語ファイル名の濁音が分離するなぁ、とは思っていたのだ。原因はMacOSでのUTF-8の扱いが特殊だからしかたないなぁ、と。ところがよくよく考えると、dired-modeでは濁音は分離しない。「ベ」は「ベ」のまま。「ヘ」+「゙」にはならない。
EmacsはMacのUTF-8にも対応できているらしい。P86を見るまで気づきもしなかった。まったく早く気づけよ、おれ、という感じ。
ちなみに「ls ベ*」では「ベ」ではじめるファイルはひっかからないが、「ls ヘ*」ならひっかかる。考えてみれば、当たり前な話。これも気づくのに30分ほどかかってしまった。Emacsとは関係のないことだけど。
辞書検索もできるようになったのだからspot-lightもできるようにしたいじゃないか。mdfindコマンドでspot-light検索できることは知っていたのだけれど、プログラミングするのが面倒だなぁ、と思っていたらすごい簡単な方法があることを知る。
http://truongtx.me/2013/09/13/macos-spotlight-search-inside-emacs/
locateの実行コマンドをmdfindに置き換えるだけ。
というか、locateというコマンドのことなどすっかり忘れていた。ああ、そういえば、そんなもんあったな。
結果が表示されるlocateから「!」で「open」と実行してもいいんだけど、Meadowのころにどこかで見つけていれておいた、diredでの外部プロセス実行をマップすることに。(locate-modeはdired-modeを継承していたので)
;; diredで外部プロセス起動
(add-hook 'dired-mode-hook
(lambda ()
(define-key dired-mode-map
"W" 'dired-open)))
(defun dired-open ()
(interactive)
(let* ((file (dired-get-filename))
(extension (file-name-extension file)))
(deferred:process "open" file)))
;; locate-modeで外部プロセス起動
(add-hook 'locate-mode-hook
(lambda ()
(define-key locate-mode-map
"W" 'dired-open)))
MacBook Airを買って感心したのは辞書(スーパー大辞林/ウィズダム英和辞典/ウィズダム和英辞典)がデフォルトではいっていることだった。どうせネットで検索するからと今までは思っていたのだけれど、やはりローカルにあると気分がいい。
でもいちいち辞書を起動するのは面倒だな。
Emacsから検索できるようにだれか、つくっていないかなぁ、とググったりしたのだが、あまり情報がない。簡単すぎてだれもパッケージ化していないのかもしれない。
Googleサーチ呼び出しと同じ手で関数を作成した。
(defun y-dict (string)
"dict呼び出し"
(interactive "s")
(do-applescript
(concat
"open location \"dict:///"
(url-hexify-string string)
"\"")))
ふと、mode-lineのMajor mode名をクリックしたらGoogleサーチの項目があらわれた。「Search With Google」。なんじゃ、こりゃ? はじめてみた。FreeBSDのEmacsではそんなものはでてこない。CarbonEmacsだから?
よくわからないが、使ってみると、どうやらリージョンの内容で検索してくれるらしい(Safariが動く)。でもどちらかというと欲しいのはミニバッファから文字列を入力しての検索なので、どんな風にやっているか、ソースを見ようとしたのだけれど、describe-keyがうまく効かなくてソースの該当個所がわからない。ソースを検索しても不明。browse-urlでgoogleを呼び出しているようにも見えるが、結局、うぎゃっとなってネット検索。
すったもんだのあげく(browse-urlはfirefoxがデフォルトになっていてうまく動かなかった)、AppleScriptを呼ぶelispがあることが判明。do-applescript。ラップ関数を書く。
(defun y-google (string)
"google search呼び出し"
(interactive "s")
(do-applescript
(concat
"open location \"http://www.google.com/search?q="
(url-hexify-string string)
"\"")))
うっきゃっきゃっ。
おもしろい。
二点、目から鱗が落ちた。
——「首都圏直下型の大地震か、今後30年間に起きる確率は70%である」
これについてはいっていることがうまく理解できず、考えたことがあるのだが(頭の中だけで)、どこからこのような話がでてきたか、本書で概説してくれている。とくに
関東大震災を引き起こした相模トラフ地震の繰り返し期間は、400年程度と推定されています
ということには、何だ、東京から逃げ出す必要ないじゃん、と思ってしまった。これで明日、関東大震災に遭遇したとしてもそれは運が悪かった、というレベルじゃないか。ひどい目にあうだろうから、そうもいってられないだろうけど。 それにしても本書が出版されたのは東日本大震災以前なので、筆者が宮城の大学へ転職したとき、友人から「東京に地震が来るってときに仙台へ行くとは…………つくづく悪運の強い奴だな」といわれた、というエピソードにはへんな感慨が覚えた。
もう一点は人口ボーナスについて。
日本の高度成長期は人口ボーナスの結果だという説があるのだけれど——だから高齢化する日本はもうだめだ、という結論になる——、どうやらこれは役割としては大きくなかった、という研究結果があるらしい。
1957年から1970年の間は、全要素生産性がとても大きな役割を果たしていたことがわかります。この頃は、欧米の進んだ技術を取り入れることで、劇的に生産性が上がっていたと考えられます。
おおっ、たしかに指摘されれば、高度成長期はベビーブームで人口が急増したこともあるけれど、インフラが——田中角栄の「日本改造論」ですな——急速に進んだ時期でもあるのだった。
未来予測なんてこんなにも当たらないもんだよ、という本か、と思っていたら全然、ちがっていた。Google、Apple、Facebookなど、ITの巨人はどれもアメリカ発だという指摘にははっとしてしまった。おもしろい。
ただ、筆者——対談本なので対談者?——のひとり小飼弾の提唱するベーシックインカムについての話がでたとき、違和感を覚えた。小飼弾「働かざるもの、飢えるべからず」のときはおおっ、その手があったのか、すばらしいと思っていたのだが。
F・A・ハイエク「隷属への道」の影響だろう。
生殺与奪権を政府に完全に握られてしまうのはまずいのではないか。
もし小飼弾のいうベーシックインカムが実現されたら、ベーシックインカムに依存する人間はまちがいなくでてくるだろう。それ自体は悪いとは思わないし、おれなんか、まさにそうなるだろう(確信がある)。しかし、そういう人間は政府——国に生殺与奪権を握られていることと同じになる。そうなったとき、国に食わせてもらっているのだから御国のために尽せ、というドグマに抗えるだろうか……。むずかしいのではないか、大部分の人間にとって。
わりと大判のマンガを自炊したらMacBook Airで読むのがかったるいことがわかった。ディスプレイの縦サイズが768しかないからだ。1ページ見るように表示すると、さすがに小さすぎて字が読めない。
AppleTVでテレビに表示してみたりもしたのだが、ピンとこなかったので、破棄したはずなのになぜか、手元に残っているDELLのディスプレイを利用することにした。
それには「Mini DisplayPort - VGAアダプタ」が必要である。
なのに。
Mini DisplayPort - VGAアダプタを買おうと思っていたら昨日、2900円だったのが、3500円になっているぅ。サイトがメンテしていたので嫌の予感はしていたんだけど。即買いだったよぅ……orz
— 山田 (@yamada1961) 2015, 3月 10
という始末。
しかたないのでパチモンを買うことにした。
こんな感じになった。
あまりな傑作ぶりにのけぞる。最後の一行がすばらしい。>> アゴタ クリストフ「 悪童日記」 http://t.co/3jIW8ahjTR
— 山田 (@yamada1961) 2015, 3月 7
もうなんというか、あまりにもラスト一行に痺れたせいで、だれかれかまわず、そのことを話したい欲求にとらわれているのだが、ネタばれになるので自粛。
世の中には賢人というものがほんとうにいるもんだなぁ。
最近よくそんなことを思う。
「隷属への道」を読み出してすぐに思い出したのはまだ、FreeBSDのメジャーバージョンが2ぐらいのころのことだ。次のような意見を目にした。どうしてFreeBSDとLinuxと別々に開発しているのですか、いっしょに開発すれば、もっといいものができるでしょうに——そんな残念だといわんばかりのニュアンス。
わかってないなぁ、というのが感想だったけれど、それをうまく言語化できなかった。何をわかってないというのか。
似たような話はたとえば、プログラム言語の開発——Rubyとか、Perlとか、いろいろなプログラム言語があることにたいしてある。どうしていっしょにやらないの? 無駄じゃない? 優秀な頭脳の無駄遣いじゃないの、というわけ。
「隷属への道」を読んでいてなぜか、その反論の言語化のきっかけを得た。
いっしょに開発すればいいのに、といっている人間は「いい=悪い」という価値軸がひとつしかない、と考えているのだろう。しかし実際には人によって「いい=悪い」は千差万別だろうし、様々な価値軸が世の中には存在する。それを無駄遣いと断じるのは多様性の否定でもある。
など。
そして、日本の政治は物事を決められない。リーダーシップがない(だから大統領制にすべきだとか)。動きが鈍いからいざというときに対応できない——という批判。ぼく自身もそんなふうに感じてもいたのだけれど、そうではないのかもしれない、と「隷属への道」を読んで考えをかえた。
本質的に民主主義は決められないものだ。多様な意見が存在し、そのせめぎあっている——それができるということが民主主義の良いところである。そんなふうにハイエクはいっているようだった。
それは多様な意見を尊重する、ということでもあるのではないだろうか。
そういえば、大山史朗「山谷崖っぷち日記」でも次のような一節があった。
何よりもこのような貧富の格差が露骨に誰の目にも入って来るような社会は (ゴミ箱を漁る人々が収容所に送られたりはしない社会は)、価値の多様性が容認されている社会でもあるはずである。
——不思議とシンクロしているように感じる。
たぶん二度目の視聴。
日本語吹替はタランティーノにはあわねー、とか思いながら観たのだけど、冒頭のチンピラに驚いた。ティム・ロスじゃん。「ライ・トゥ・ミー」とか、「コッポラの胡蝶の夢」とか、「インクレディブル・ハルク」に出ていた。
知らなかった。
さすがに若い。20年も前だもんなぁ。
ここ数年、テレビで大平洋戦争がらみの特集を見るたびに違和感を覚えてしかたなかった。たとえば、広島長崎の原爆投下の話、東京大空襲の話……そんな特集がテレビに流れるたび、不思議だった。この被害者意識はなんだろう?
戦争であった以上、加害者でもあったはずなのに——パールハーバーはまさにそうだ——それなのになぜか、そのことを伝える特集を観た記憶がない。いわく原爆投下で何万人が死んだ、東京大空襲では、ばかり。しかもまるで何かの天災のように——。米国の残虐な行為を責める論調もあまりお目にかかったことがないような。それはもしかしたら米国を非難したら自分自身もまた、加害者であったことに向い合わなければ、いけなくなるから。そういう話なのかもしれない。
——などと、考えさせられた一冊だった。
とくに第二章の「第一節 領土問題の本質」は知らないことも多く、興味深く読んだ。
ああ、これはiTunesにいれてないな、というCDがベッドの下からでてきた。UAの「悲しみジョニー」——いわゆる音楽用のシングルCD。で、リッピングしようと、スーパードライブにいれたら中に入ったまま、でてこなくなった。
CDが小さすぎたのだ。ドライブがCDを認識してくれてない。なので、リッピングもできない。Macからeject操作もできない。しまったなぁ、やはりシングルCDはだめだったかぁ。そんな気はしてたんだけど。うっかりやってしまった。
強制リセットすれば、でてくるだろう、とWindowsのノリで安易に考えていたらハードリセットのピンホールがないのだった。
まずいかも。
頭を抱えながらグーグル先生にお伺いをたてた。
次のコマンドで解決した。排出された。
drutil eject
そっか、Macってシステムを叩けるコマンドがいろいろあるんだ……、と納得した次第。でもリッピングする方法がないのであったw。ドライブがないからあきらめた。
インターネット環境をフレッツ光に変更することになったのだが、モデムにいろいろといらないものがついている上、無線LANが勝手についてきた。いや、うちにはAirMacがあるからそれ不要。そういっても選択もできなかった。
しかもどうやら無線LANのカードをつけてないと、モデムがうまく動かないような感じ。うーん、面倒。うっかり動作確認するために設定をしてしまったため、NATもNTTのモデムで動いてしまっている。そのあたりをオフにする方法を探すのが面倒で——リセットする以外できなさそうに見える——、AirMacからブリッジ接続することにした。もちろんNTTの無線LANはオフにして。
それで一応、環境としてはOKなのだが、IPアドレスの帯域がすっかりかわってしまった。MacBookAirとThinkPad(FreeBSD)のあいだはIPアドレスの直指定でやりとりしていたので面倒なことになってしまった。
こりゃあ、やはりFreeBSDにAvahiを導入するしかないなぁ。
というわけで導入した。=>参考サイト
まぁ、pkgngでインストールしただけど。
設定ファイルも設定されていたのだが、これは自動で設定されたのか、どうかわからない。以前、設定してみようとしたことはあったので。
とりあえず、ThinkPadの中で名前解決はまだ、うまくいってないが——なんか、必要なサーバプログラムを動かしてないだけのような気がする——、MacBookAirからThinkPadのホスト名はひけるようになった。
今はこれで充分。これで割り当てられるIPアドレスがかわっても(当分はかわらないだろうけど)問題なし。ThinkPadからMacBookAirには入ることはないだろうから。
ベッドの下のあまりの綿ぼこりにのけぞってしまった。
予想していたし、以前に見たときにものけぞっていたのだけれど。あまりな惨状であった。猫がいる環境ということもある。なので何度もルンバを購入することを検討していたのだが。ところが猫がいるということがネックになっていた。
一匹がけっこう吐瀉するのだ。
それを吸い込むと、ルンバが壊れてしまうだろう。なのでずっと躊躇していた。けっこう床置きしているものがある、ということもある。
ふと自分の部屋専用にすれば、問題ないことに気づいた。
ぼくは基本的に床置きしないし——身体が固くて前屈みになるのがつらいので——、今は布団におもらしする猫がひとりいるので自分がいないときはドアは閉め切っている。ルンバがベッドの下にもくぐりこめる隙間をつくることも可能だ。なんだ、問題ないじゃないか。
で、購入することにした。
動かしてあまりのうるささにのけぞってしまったが——ぼくはよくのけぞる——、その動き回る姿はけっこうかわいいのだった。
どうしておれ、ルンバにはスケジュール機能がデフォでついていると思っていたんだろう……。
— 山田 (@yamada1961) 2015, 3月 3
全然、動かないのでようやく気づいた……。
— 山田 (@yamada1961) 2015, 3月 3
.....orz
ロードショウで公開されたときは最初、「暴走機関車」のリメイクなのか、と思っていたが、ちがっていた。ちがっていたけれど、「暴走機関車」を思わせるカットが何ヶ所か、あったからずいぶんと参考にしたのだろう。
どうみてもオマージュとしか、思えないシーンもあったし(主役のデンゼル・ワシントンが列車の上で両腕をあげるところとか)。
二十代のころならウキウキと4、5回は観に行っていただろうなぁ。
MacBook AirにしてからどうもEmacsがしっくりこない。
上下がメニューとDockで占められ、ディスプレイが横長になってしまったため、1フレーム1ウィンドウ1バッファだと、どうしてもこじんまりした感じになってしまう。
そこでフルスクリーンにしてウィンドウ分割するようにしたのだけど、おそらくEmacsで一番使う操作——recenterのとき、対象のウィンドウだけではなく、画面全体に再描画がかかってしまう。つまり画面全体が一瞬、チラつく。
それが嫌で、ThinkPadでは1フレーム1ウィンドウで使っていたのだった。
まぁ、昔のEmacsはターミナル上で使うエディタだったわけで、それはしかたないことなのか、と納得していたのだけれど、スクロールのときには画面全体に再描画がかかっていない。
ということはrecenterをスクロール処理に置き換えてやれば、画面がチラつかなくなるんじゃないか。そうか。そうか。では、とrecenterのソースをのぞこうと、helpを表示してみて気づいた。
あれ、もしかしたら「recenter-redisplay」の値で制御できるんじゃね?
デフォルトはttyでそれをnilに設定してやると、チラつかなくなった。そうなんだ。うーん、知らないことばかりだな……。