2013年11月28日木曜日
2013年11月24日日曜日
2013年11月22日金曜日
2013年11月13日水曜日
2013年11月10日日曜日
2013年11月8日金曜日
紙出力
めっきり紙出力しなくなった。
パソコンが導入されれば、オフィスから紙が消えるといわれ、実際には紙の消費量が増えてしまったことを知っている身としては、かるく驚いてしまった。つい二、三年前には競馬の予想を毎週、プリントアウトしていたのに。
紙がもったいないので裏紙を使ったりしていたのに。
今はほとんど、プリントアウトすることがない。pdf出力してiPadで見ているから。
そう考えると、iPadは世界を変えたんだなぁ。(ぼくの世界を)
2013年11月6日水曜日
宮本幸裕監督「劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [新編]叛逆の物語」
【注意】物語のラストに言及してます。
印象的だったのは終演した直後だ。
場内が真っ暗闇になり、明かりが点くまでだれも身じろぎひとつ、しわぶきひとつあげなかった。だれもが唖然としていたのだ、と思う。明かりが点くとようやくのろのろと動き出し、苦笑したり、かすかに笑ったり人間もいたが。
怒涛の後半をうまく消化できなかった。
消化できないのは感情的にだ。TV版の、今までの「魔法少女まどか☆マギカ」を知っているならなおのこと。しかし、ストーリー的にはきわめて論理的に最後に至った。ここまでやってしまったのか、という思いもある。
その手前で止めれば、傑作とだれもがいう作品だっただろう。
でも物語はその先まで進んでしまった。
虚淵〜っ、と怒涛の後半を観ながら悲鳴をあげていた。そこまで行っちゃうの、と。
終演直後から何度も話を反芻し、頭で考えれば、傑作なんだよな、と思って考えこんでしまった。感情がついてこない。元々、論理的な構造を持つ物語だ。論理的に話を進めれば、ああなるのは必然だともいえる。そして、それを極限まで推し進めている。そういう意味では傑作なのだが、うまく消化できない。
気づいたのはあのラストに至るような話は世の中にいくらでもあるだろうが、「魔法少女まどか」では決定的に欠けている要素がある、ということだ。ほむらの、まどかにたいする独占欲——それがこの話にはない。それがあったのならむしろ、あのラストは普通でわかりやすかった。作品としては傑作とは呼べないだろうが。今まで似たような話はいくらでもあっただろうし、悪女の深情けをモチーフしたものはほぼ、そのようなパターンになるだろう。
ところが、ほむらには独占欲がない。
最終的な世界でほかの魔法少女も健在だという点で、ほむらはまどかを独占したわけではない、ということははっきりしている。むしろ、ほむらは神になってしまったまどかを人間に引き戻したのだ(神を人間にひきずり落とした、というとちがうニュアンスになってしまうので注意)。そういう視点で見ると、ほむらは最初の思い——「守られる私ではなくて守る私になりたい」を達成したのであり、「あなたはこんなところでひとりぼっちで永遠に」というまどかを救ったのだ。
ただ、それが神になってまで魔法少女たちを救ったまどかの願いを潰えさせてしまったところがこの話のえぐいところだ(だから「叛逆の物語」)。映画の中では明確に描かれていないが——論理的にそうならざろうえない。だからラスト近くでまどかとほむらが対立する予兆をはらむ。
そして、そういう視点で見ると、ほんとうに最後のところ(ぼろぼろのきゅうべえがあらわれるところ)、あれは……。傾いた姿勢で椅子に腰かけているほむら、そして、そのあとの落下は、ほむらの狂気と自殺を暗示しているのではないか。そうか。そこまでいかないといけなかったのだ、この物語は。
たぶんこんな話、見たことないし、読んだこともない。神になった話も堕ちた神の話もあるが、神になった人間を人間に引き戻す話は寡聞にして聞いたことがない。
そういう意味ではやはり「魔法少女まどか☆マギカ」は凄い。
2013年11月5日火曜日
FreeBSD 9.2 swap_pager: I/O error
SSD換装してFreeBSD 9.2にしたのはよかったのだが、どういうわけか、うまくシャットダウンしなくなってしまった。ほおっておくとrebootしてしまう。よくよくメッセージを見てみると、「swap_pager: I/O error」がでてカーネルパニックを起こしている。
あれー?
いろいろ、調べてみたら次のページが見つかった。=>swap error …
Google翻訳しながら読んでみたところ、どうやら当たりらしく、SSDのためにswapfileを使用しているのが原因のように読める。シャットダウン時、swapfileが解放されてないため、エラーになっている、と(バッファのsyncのときに書きこみにいってエラーになっているのかもしれない)。パッチがでているとのことなのであててみた(部分的にしか、あたらなかったので最後は手作業であてたが)。
今のところ、正常に動いているように見える。バッファのsyncの前にswapをdismountしたというメッセージがでているから(パッチで追加されたメッセージ)、たぶんだいじょうぶだろう。
2013年11月3日日曜日
2013年11月1日金曜日
CtrlキーとCapsキーの入れ替え(Xfce4)
2013年10月30日水曜日
SSD換装(FreeBSD 9.2をインストール)
中古のSSDが手に入ったこともあってThinkPadのハードディスクを換装することにした。ここで換装しないといい切っているけれど。一応、FreeBSD 9.0以降はSSDのtrim対応されているらしいし。SSDをふっとばしたときのOSはWIndows XPで、あれはたしか、trim対応されたなかったはず。
まぁ、興味本位だが、バッテリーがへたってきているので保ちが多少なりともましになってくれれば、いいと願っている。
思ったより苦労してしまった。インストールしたのはFreeBSD 9.2。インストーラーがsysinstallからbsdinstallに変更されていてどうやらbsdinstallでOSをインスールしてからそのあと、起動してあらためてsysinstallでpackagesをインストールする、という手順になるらしい。
とりあえず、SSD全体をひとつのパーティションに設定。swapはディスク割り当てではなく、swapファイルに(trim対応されているのはufsなので)。
bsdinstallでインストールしたあと、シェルにはいって作業。ここを参照。
そのあと、インストーラーを再起動して(mountされたSSDをうまくumountできなかった)、ファイルシステムにtrim設定。ここを参照。
ここまでは楽勝。
といっても最初はVMWAREから裸族のお立ち台経由でUSBドライブとしてインストールしていたのだが。trim設定してmountしてみると、このSSDはtrimをサポートしてないよ、みたいなワーニングがでた(これは最終的にUSB経由だったかららしい)。
OSのインストールは問題なかったのだけれど、アプリケーションでつまづいた。
下記に羅列。
1 subversionがおかしい。
バージョン1.7と1.8ではチェックアウトされたファイルの管理され方が変更になっているらしく、ごっそりディレクトリ配下をコピーしただけでは動かなかった。この原因がわかるまでかなり右往左往してEmacsのバージョンを24から23にするなど、してしまった。
2 chromeが表示されない。表示域が真っ白。ブラウザ自身は表示しているつもりらしい。
理由不明。packagesのバイナリミス? 使わないことにする。
解決=>「FreeBSD-9.2-RELEASE chromium-29.0.1547.57 画面真っ白?」
3 gnome2でエラーがでる。
理由不明。packagesのバイナリミス? gdmからxfce4を使うようにする。
4 gnuplotがpackagesからインストールできない。
これは以前からそう。どうしようか、考え中。
結局、portコレクションからのインストールも失敗。頭にきてソースから直にconfigure&makeする。
ほかにもいくつかあったような気がするけれど(xfce4の設定に苦しむとか)、一応、動作するようになったので、この文章もSSD換装後の環境で書いている。
2013年10月23日水曜日
新房昭之監督「魔法少女まどか☆マギカ」
かなりの周回遅れで「魔法少女まどか☆マギカ」を観た。
あちらこちらで大絶賛で傑作といわれているのも知っていたのだけれど(=>『魔法少女まどか☆マギカ』最終話感想(ちょいネタバレ?))、あまり食指は動かなかった。「魔法少女」というタームと絵柄だけでちょっと忌避していた。どうせ、と先入観もあった。ご都合主義のファンジーでしょ、と。今まで一本だって魔法少女ものを観たことなんてなかったのに。
観る気になったのは監督が「化物語」と同じだと気づいたときだった。
第3話まで観ると、一気に作品世界に飲みこまれた。もう止まらなかった。ほとんど一気観した。ようやく「化物語」から復帰したばかりだったというのに。また脳内リピートのしすぎで頭が痛い……。正直、ここまですごい作品とは思ってなかった。個人的には「2001年宇宙の旅」すらこえているじゃないか、と思うほどだった(一瞬、作中に「2001年 宇宙の旅」をおもわせるシーンがでてくる)。
まさか諸星大二郎の「孔子暗黒伝」まで思い出すとは。
おもしろさのタイプがちがうので比較はできないけれど、「化物語」よりも上かもしれない。ストーリーの練度が高い。それに「化物語」は「千石撫子」にたいする嫌悪感が強すぎてなぁ。もっとも「なでこメドゥーサ」でそれも解消されたけれど。
話の密度の高さと無駄のなさは異常なほどで、驚いたのはカレンダーにつけられた印すら伏線になっていたことだ。気づいたときには愕然した。
そして、とくに冒頭シーン。
そのひっかけに気づいた瞬間、やられたっ、と声をあげてしまった。だまされたっ、そういう意味だったのか、と。なのでこの仕掛けをぼくはきわめて偏愛しているのだが、なんと劇場用に再構成されたとき、カットされてしまっているらしい(Wikipediaによると)。圧縮不可能なほどの密度の作品を圧縮したのだからしかたがないのかもしれないけど——それでもそれはとても悲しい。
好みが一般的でないことは自覚しているけれど、あの仕掛けを偏愛している人間としてはとても残念だ。
そして、完全新作の劇場第三作がやってくる。
また、ぼくに泣けというのか。今でもこの文章を書いているだけで泣けてくるのに。
2013年10月22日火曜日
新房昭之監督「化物語」
化物語 第一巻 / ひたぎクラブ
化物語 第二巻 / まよいマイマイ
化物語 第三巻 / するがモンキー
化物語 第四巻 / なでこスネイク
化物語 第五巻 / つばさキャット 上
化物語 第六巻 / つばさキャット 下
西尾維新が天才なのはわかっている。
といってもデビュー作の戯言シリーズの最初の三作品を読んだにすぎないけれど。おもしろいだけではなくて中毒性も高くて、熱狂したり、熱中した作家は何人もいるけれど、ここまで作品世界にはまりこんでしまいそうな作家ははじめてだった。はっきりいってびびって読むのをやめた。
「化物語」はその西尾維新作品のアニメ化である。
最初の「ひたぎクラブ」を観てひっくり返った。西尾維新の世界がアニメになっている。しかもそのおもしろさ、中毒性が増幅されている。おそらく(というのも原作は未読なので)。
で、こちらもびびってつづきを観るのをやめた。
ところがである。
テレビ放映中の続編——「物語シリーズ セカンドシーズン」を観てしまった。「傾物語」——もう最後のクライマックスで涙だだもれ。泣きじゃくり。何度も録画を観なおしては泣いてしまう有様だった。「傾物語」ではある日に起きたことがキーポイントになっているのだが、どうもこれは「化物語」のエピソードらしい。
全話、観た。
初見ですげえとは思ったけれど、泣かなかった「ひたぎクラブ」ですら泣いてしまった。観なおせば、観なおすほど、涙もろくなってしまうようだった。こんなに情動を揺さぶられてしまうとは。
一番、好きな話は「まよいマイマイ」なのだが、ラストで主人公がヒロインにいうセリフが理解できなくて何度も見返してしまった。それでもわからない。なんだろうなぁ、と思いつつ、「化物語」の音楽CDをAmazonで探していているとき、その中にそのセリフを冠した曲があった。その字面を見てようやく意味がわかった。「戦場ヶ原、蕩れ」
あっ。
あんなにアニメの中に文字があふれているのに「戦場ヶ原、蕩れ」という文字を挿入してくれてなかった。一瞬でも見せてくれれば、すぐにわかったのに。
まぁ、一番、好きなエピソードはエンディングテーマにもなっている「つばさキャット」の「其ノ貳」だが——これも何度、観なおしたことか。気づくとネチネチといろんなシーンを脳内でリピートしていて、黒羽川の「ニャーハハハ」という声が耳にこびりついてはなれなかった。さすがに耽りすぎて頭痛がした。
以上、療養もかねて。
2013年10月9日水曜日
吾妻ひでお「失踪日記2 アル中病棟」
吾妻ひでお「失踪日記」 吾妻ひでお「失踪日記2 アル中病棟」
吾妻 もちろん売れてくれればうれしいし。かといって自分が面白いと思ってることと世間が面白いと思うことが、一致するとも限らないし。売れなければまた何か描くし。もっと言うと『失踪日記』はあれでひとつ完結してるものだから、その続きを描くっていうのもいいのか悪いのか......っていまさらなんだけど(笑)。
いやいやいやいや(笑)。
たしかに「失踪」に関しては完結していたけど。「失踪日記」の中にあるアル中病棟の話はどう見てもつづきがあると待ってましたがな。もうでないのか、とあきらめてしまっていたほど。
読んで満足。ぼくはお酒は飲まない人だけど、アル中になって病棟に入ってみたい、と思ってしまった。
2013年10月7日月曜日
2013年10月3日木曜日
田中徳三監督「眠狂四郎 殺法帖」/三隅研次監督「眠狂四郎 勝負」/長谷川安人監督「集団奉行所破り」
田中徳三監督「眠狂四郎 殺法帖」
三隅研次監督「眠狂四郎 勝負」
長谷川安人監督「集団奉行所破り」
偏見だったのかもしれないなぁ。かつて日本映画が黄金期といわれていたころの映画——一部をのぞいてつまらないものばかりだ、という。それは観たことがないくせに抱いていた偏見だったのかもしれない。
このところ、なぜか、そのころの映画を立て続けに観ていて——田中徳三監督「眠狂四郎 殺法帖」(1963年)、三隅研次監督「眠狂四郎 勝負」(1964年)、長谷川安人監督「集団奉行所破り」(1964年)——そう痛感した。一部をのぞいてつまらないものばかり、というのは拡大解釈すれば、たいがいのことには当てはまってしまうのだけれど。
「眠狂四郎」はまぁ、原作が柴田錬三郎だから存外、おもしろいのかもしれない。などと考えていたのだけれど、オリジナル脚本とおもわれる「集団奉行所破り」も非常におもしろかった。よくできていて展開もはやく、意外性に富み、伏線やひっかけが縦横に張り巡らせてあるし、キャラクターも魅力的。セリフもいい。はっきりいって好みだ。しかも伏線を張りながらそれをわざと回収しない、という高度なことまでやっている。
いやあ、あなどれない。
2013年9月27日金曜日
FreeBSD温度管理
夏も終わり、今さらという感じもあるのだが、ThinkPadの発熱が妙に気になりはじめた。BUFFALO WLI-UC-GNをつねに使うようになってからとくにひどい。何しろ、「インテルはいってる」のシールの接着面が溶けてはがれてしまうほどだ。さすがに異常。それにWindowsXPのころにはこんなに熱をもったことはなかった。
もしかしたらFreeBSDが対応してなくてCPUファンが回ってないのではないか。
排気口からはたしかにもわっと熱気がでているのだが、熱膨張で空気があふれているだけじゃないか?
そこで「Xfce上で温度監視」を参考にしてCPUの温度を表示するようにして驚いた。70度? 目が点になる。CPUがちょっと回っただけだというのに。やはりこれはちょっと熱すぎだろう。
とりあえず、下記のサイトを参考にsysctl.confに「hw.acpi.thermal.tz0.active=0」を設定してみた。
=>ACPIの現状
=>acpi laptop fan control
結果、うまくいっているような、いっていないような。
CPUの温度が70度をこえるなんてことは起きなくなったなぁ、と思っていたら急に発熱したりする。バッテリーの充電をしていたからのような、そうでないような。BIOSの設定もいじったりしたのでわけがわからなくなってしまった。
まぁ、しばらく様子を見るしかないか。
2013年9月26日木曜日
GnuCashを使いはじめて半年がたった
GnuCashを使いはじめてから半年ちょっとがたったのだけれど、けっこう気に入っている。いじっているうちに理解が進んだからだろう。かなりなんちゃって運用だけれど。会計についてまともに習ったことはないからこれはまぁ、しかたない。
数字を追いかけているうちにわかったこともある(わかったと思っているだけ?)。
元々、貸借対照表を出してみたかった。
ちょっとかっこいいじゃん。
それだけではなく、負債を認識するためでもある。お金の管理はこづかい帳のように入出金のフローだけではないからだ。純資産(資産 - 負債)がマイナス(つまり借金まみれ自転車操業ということだ)なんてつらすぎる。GnuCashではサマリーバーにその「純資産」が表示されていて、そのことに気づいてGnuCashがますます気に入った。
もちろんGnuCashでは貸借対照表を出力することもできるのだが。
そして、サマリーバーの「利益」は会計期間のフローである(「編集>設定>会計期間」で設定)。つまり今年、いくら稼いだか、という金額。「収益(期間) - 費用(期間)」である。ここは通常、プラスのはずだが、マイナスなら生活はいつか、破綻するということだ。稼ぐより消費が大きいということなのだから。
ちなみにぼくは現在、ここはマイナス(収入がないのだから当たり前)なのだが、どうなっているか、というと資産(貯金)を食い潰しているということである。だからこそ純資産の把握が必要なのだ。サマリーバーの「純資産」が食い潰せる限界ということになるのだから。
あれ? もしかしたらけっこうやばい?
問題は馬券の収支だ。
馬券ももちろん、お金の出し入れなのでGnuCashで管理すべきだ。そうしないと馬券で生活を破綻させることになりかねない(いや、それ以前の問題か)。
普通に考えると、費用と収益にそれぞれ、「馬券」という勘定科目を設けるべきだろうな、と思うのだが——馬券の購入金額を費用として計上し、的中馬券の払戻金を収益として計上する、というわけだ。
差額が競馬にかかった金額である(通常はマイナス)。
ただ、このやり方だと、パッと目、競馬に勝っているのか、負けているのか、わからない。その上、費用のサマリーが異常に大きくでてしまうことになる。年間の馬券の購入金額はけっこうなものになるからだ。生活を果せなかった「馬券生活」のころには一年間に1千万近く馬券を買っていて驚倒したことがある。
今もそれなりのはずだ。
そうすると、やはり収益に「馬券」という項目を作成して費用はマイナス計上すべきなのだろうな。そうすれば、馬券の項目のサマリーが収支ということになる(勘定科目ツリーウィンドウで見ることができる)。
ちなみに費用に「馬券」という項目を作成して収益をマイナス計上しても話は同じなのだが、それだと、最初から負けを認めているようなので却下だ。


