2010年10月13日水曜日

馬券生活(10)

 生活はすでに破綻していたし、ある意味、それはパチンコへ行かなくなった段階で確定していた。それなのにぼくには再就職のことも生活を建て直すことも頭になく、考えることは馬券のことばかりだった。
 馬券以外の方法で状況を打開しようという発想がまったくなかったのだ。
 資金も尽き、できることは過去の馬券を調べてみることだけだった。今までの購入した馬券はエクセルで管理してある。データを洗い出し、調べてみたところ、単勝は回収率が七五%ほど、複勝は一〇〇%をわずかに越えていた。
 これは何を意味するのか?
 単勝を買わずに、複勝だけだったのならぼくは浮いていたということだ。
 それは複勝は保険という意識があったからこその結果なのかもしれないが、すくなくとも失われた五百万近い金はそのまま、そっくり残されていたということだった。
 その事実にパソコンの前でげんなりとしてしまったぼくはふと、競馬におけるオッズの歪みに気づいた。長期的に見れば、単勝と複勝の回収率は同じになるはずだ。同じ馬を買うことができ、控除率、還元率は同じなのだから――端数切り捨てによる歪みは考えていない――。そうであるなら単勝の平均オッズは複勝のそれの三倍になるはずだ。複勝がくる可能性は単勝の三倍なのだから。
 ところが、単勝のオッズがかならず、複勝の三倍以下になってしまうケースが存在する。
 単勝のオッズが三倍以下のときだ。
 複勝のオッズが一倍を下回ることがない以上、それは必然だ。
 そうであるなら単勝三倍以下の場合、複勝を買う方が合理的だ。そちらの方が確率的――期待値的に有利な馬券なのだから。
 その簡単な条件で今までに買った馬券をコントロールしてみた。単勝三倍以下の馬は複勝を買うという制御。結果は衝撃的だった。回収率一二七%。なんとプラスだった。トータルの控除率が八〇%であることは考えれば、大幅な浮きだ。
 気づくのが遅すぎた。
 すでにぼくには資金がなく、経済的に破綻していた。


 後年、競馬で喰っていた――一時的とはいえ――人と知り合った。その人は大学を卒業して二年ほど、競馬で本当に喰っていたのだという。けれど、最終的にはやはり破綻してしまい、社会復帰した。
 彼のことを尊敬するのはぼくとはちがい、まちがなく喰えていた瞬間があったということだ。ぼくは貯金を食い潰していただけだった。ほとんどその人と競馬の話をしたことはなかったが、二度とあの道には戻るつもりはないようだった。
 ぼくはどうだろう。
 子供の頃は飽きっぽい性格だと親になじられてばかりいた。それなのにどうしてこんなに馬券に執着するのか……。そんなとき、数すくない友人から連絡があった。今年の冬、サイパンへ遊びに行かないか、という。まだ春にすらなっていないというのに。
 ぼくが無職で馬券まみれであることを彼は承知していたので、馬券が取れて金があったらな、と答えておいた。たぶん今の状況では無理だろう、と内心では思っていた。パスポートも持ってないし。
 その週末の中山競馬場だった。
 Kさんに借金しての競馬。メインレース前の新馬戦――ぼくにはメインレースなんか関係ない――で気になる馬を見つけた。リトルガリバー。どういう背景の馬なのか、まったく知らなかったが、ぼくはその馬で勝負した。
 リトルガリバーの競馬はぼく好みの前へ行って粘る競馬だった。
 中山の坂を上り、粘りに粘ったところで後ろからきた馬にかわされた。が、それも二頭まででなんとか、三着に滑りこむ。複勝一五〇〇円だった。一万円いれていたので十万円コース。その瞬間だけならサイパン旅行代が出る金額だった。冬までにその金が残るとは思えなかったが、もしかしたらなんとかなるかもしれない。
 そういう気になった。
 パスポートを申請することにした。