2009年9月30日水曜日

Windsurf、年毎、類似度?

 最近、「集合知プログラミング」「Rによるデータサイエンス - データ解析の基礎から最新手法まで」を片手にRをいじってみている。さすがに統計について何も知らないだけあってよくわからない。プログラミング言語としてもまだイメージがつかめず、苦しんでいるけれど、とりあえず、今までの自分のWindsurfのデータを喰わせてみた。年毎のゲレンデにおとづれた回数のデータ。これで年毎の類似性を調べてみようというのだ。関数はユークリッド距離関数を使用したけれど、ほんとうはピアソンの相関関数がいいんだろうな。でもdistでピアソンの相関関数を使用する方法がわからなくてねぇ……。とりあえず。
 クラスタ化してデンドログラムにしてみたのが、以下。



wind.data<-read.csv("data.csv",header=T,row.names=1)
wind.dist<-dist(wind.data)
wind.hc<-hclust(wind.dist)
plot(wind.hc,hang=-1)


 それをさらにマッピング。




wind.data<-read.csv("data.csv",header=T,row.names=1)
wind.dist<-dist(wind.data)
windsurf<-cmdscale(wind.dist)
plot(windsurf,type="n")
text(windsurf,rownames(windsurf),col=rownames(windsurf))

 ほおっ、いう感じ。ちょっと意外だけど、ユークリッド距離関数をつかっているからだろうか。

使用データ

2009年9月27日日曜日

R、ESS、Meadow

この間、インストールしたRをMeadowからつかえるようにESSをインストール。Makeconfの中をMeadow用に変更してCygwinからmake install。メモリの関係か、何度か落ちたけど、make installを数度、リトライしたら一応、できた模様。
 .emacsはここを参考にしてこんな感じ。
;; ESS
(require 'ess-site)
(modify-coding-system-alist 'process "Rterm" 'shift_jis-dos)

と思ったけど、あれれ、Rを動かすとshellモードがおかしくなるな……。
結局、Cygwinのbashだとだめみたいだからデフォルトのcmdproxyに戻した。

2009年9月23日水曜日

ナシーム・ニコラス・タレブ「まぐれ―投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのか」



 サブタイトルから行動ファイナンスがらみの内容なのかと思っていたけれど――そういう部分も多いけれど――それよりはるかに深い内容であった。まったくの偶然なことに寸前に読んだ小説の「数学的にありえない」と内容がかぶっていた。それとも偶然ではなく、そういう系列に現在、ぼくが興味を抱いているだけということだろうか?
 最初の方を読んでいてすぐに思い出したのは馬券のことだった。三十代後半、馬券で喰えないか、と競馬場に通っていたころのこと。馬券で喰えるのではないか、と勘違いしていたわけだけど、その原因のひとつは馬券で喰えていると思しき人物がいたことだった。別に面識があるわけではなかったが、パドックでよく見掛けた。あの人が馬券で喰えることを証明している。それならぼくも――。
 そう考えていた。
 結局、ボロボロになったあと、ようやく気づいたのは次のようなことだった。
 関西と関東をあわせて馬券の喰おうとする人間は何万人といることだろう……そのうち、ひとりがたまたま喰えたということは充分、ありうる、と。
 当時は株式投資もまだ知らず、行動ファイナンスという言葉すら聞いたことがなかったというのに、なんと「まぐれ」と同じ考え方にたどりついていたわけだ――純粋に論理ではなく、馬券で喰えないという現実を受け入れられなくてやっかみ半分に考えた思考だったにちがいないのだが。

2009年9月4日金曜日

ジャコモ ・リゾラッティ/コラド・シニガリア「ミラーニューロン」


 ミラーニューロンという言葉自体は聞き覚えていたけれど、実際にはずいぶんとイメージしていたもの――じゃっかん、オカルトな感じを受けていたのだけれど、まったくちがっていた。しかもかつて屁理屈をこねていたことともリンクしていているように感じられて驚く。そして、ミラーニューロンが真実なら思った以上に、人間というのは身体感覚に閉じこめられている存在なんだなぁ、と。

2009年8月31日月曜日

山本弘「アイの物語」



この本に出会うことができてほんとうによかった。

2009年8月24日月曜日

イアン・スチュワート「自然界の秘められたデザイン 雪の結晶はなぜ六角形なのか?」


 わくわくしながらほとんど一気読み。
 自分が理系で学んでいないということがくやまれてしかたがないほどだ。別の事象であっても通底する法則がある。宇宙、生物、モノ……。おもしれえな。
 そして、中で紹介されている様々な知見や発見の多くが九十年代後半から200年代というのが、興味深い。きっとそれらのものはパソコンやワークステーションが高性能になったからこそ、可能になったことだろうからだ。

 それにしても非ユークリッド幾何学によると、三角形の内角の和が180度ではない、というのには驚いた――というか、とてもこまった気分になった。というのも中学のとき、三角形の内角の和が180度である、ということを習ったとき、球面上ではならないよなぁ、と思ったからだ。おかしいな、と。そのときはきっと自分のかんちがいだと自分の納得させたのだけど、なんとそれは正しかったんだなぁ。
 おしかったなぁ。何がおしかったか、わからないが。

2009年8月22日土曜日

浮動小数点とか

 このところずっとelispのプログラミングにかまけていたのだけれど――ちょっと競馬の予想プログラムをつくってみていたのだ――、elispの小数点以下をふくむ数値は浮動小数点なので厳密には正確ではない。
 ちょっとそれが不満で、たしか、commonLispならfloatじゃなかったけかなぁ、と考えていたところ、はたと気づいた。
 無限に小数点を表現できる言語があったとしてもどこかの桁数で丸めるということは必要じゃないか、と。単純に1÷3とやっただけで0.3333……と3が無限につづくのだから、1÷3とやっただけで処理がもどってこなくなってしまうじゃないか。1÷3なら割る前に判断がつくけど、たまたま、円周率をだすようなものならあらかじめ――X÷YのXとYの値を見て判断はつかないだろうし。
 そうやって考えると、コンピュータで正確に小数点を表現するなんて不可能なのか。しょせんコンピュータの中なんて有限なんだから。

 いやぁ、それにしても数学って時々、穴ぼこみたいに無限に落ちこむんだなぁ。

 よく現実は数学のようには割り切れないなんていうけど、実は数学でも割り切れないことなんてよくあることだよなぁ、きっと。

2009年8月16日日曜日

read-from-file

bookmarkとか、Gnusのデータってlistでファイルに保存されているよなぁ、と思っていろいろとlispのソースを眺めていたら「read-from-file」というのを見つけた。rails-lib.elの中――ああ、そうか。Lispのreadって元々、Cとかのreadとはちがっているけど、pp-to-stringで変換したlistの情報をファイルへ書きこんでそれを「read-from-file」でlistとしてとりこみ直せるのか。

しかもrails-lib.elには「write-string-to-file」というのがあるし。
「(write-string-to-file (pp-to-string OBJ))」でOK。

これって簡易データベースをもっているのと同じことだよな。データを保存するためにcvsファイルにわざわざする必要がなく、まんま、listをファイルに吐き出せば、いいということじゃないか。こりゃ、便利だ。

2009年8月4日火曜日

払戻金(単勝)での発生数



とりあえず、5000円まで。それ以上はロングテールがきつすぎるので。
最高発生数は180円。680件。

1番人気が勝つ確率



2000年からの32479レースのデータを元に計算。
昔、競馬の本で1番人気と2番人気でくる確率は6割だと読んだことがあるような気がしていたけど、計算してみるとありゃ、52%しかないじゃないか。

# 人気  レース数  確率
1  10858  0.334308
2  6142  0.189107
3  4306  0.132578
4  3008  0.092614
5  2265  0.069737
6  1747  0.053789
7  1231  0.037901
8  870  0.026787
9  675  0.020783
10  458  0.014101
11  377  0.011608
12  220  0.006774
13  139  0.004280
14  80  0.002463
15  62  0.001909
16  27  0.000831
17  12  0.000369
18  2  0.000062

2009年8月1日土曜日

2009年7月27日月曜日

不思議

 子どもに親の癌を告知すべきかということを話し合っているNHK番組を少し見たのだが、アメリカと比べて日本はまだ、文化的に親の病気を話すということが成熟していないという風な意見をのべている女性がいた。

 いつも不思議に思うのだが、文化的にはまだ、とか、いうとき、何を根拠にのべているのだろう。まさか、自分にはそう思えるというだけでいっているのだろうか。どうして自分に見える世界が実際の世界とずれていないと無根拠に思えるのだろう。どうしてそんなに傲慢でいられるんだろう。不思議でしょうがない。

2009年7月17日金曜日

マイケル・ベイ監督「トランスフォーマー」



最後にサムがキューブをもってビルの頂上を目指すシーンってアメフトだよねぇ。ああ、そうか。それで最初のところにアメフトの入団テストでサムがひどい目にあったという前フリがあるのかぁ。

2009年7月16日木曜日

コンピュータは消えていく--デザイナーの川崎和男氏、MS ReMIX Tokyoで講演 - 毎日jp(毎日新聞)

コンピュータは消えていく--デザイナーの川崎和男氏、MS ReMIX Tokyoで講演 - 毎日jp(毎日新聞):
"川崎氏の講演テーマは衝撃的だ。「コンピュータは消えていきます」――マイクロソフトが顔を歪めかねないタイトルの講演なのだ。川崎氏によれば、OSはなくなり、コンピューティングはもっと違ったかたちを見せるようになるという。"

「デジタルなパサージュ」を読んだときにも思ったけど、これってオペレートすることしか、考えていない一面的な発想だよなぁ。そのオペレートする環境をだれが革新していると思っているのだろう。勝手にできあがるものだとでも思ってるんだろうか。それともサーバ側はコンピュータだと思っていないのだろうか。環境をいじり、それを楽しいと思う人間がいる以上、それはなくならないんじゃないのかなぁ。

2009年7月5日日曜日

小飼弾/山路達也「弾言 成功する人生とバランスシートの使い方」



 価値=ヒト+モノというのはわかっていたけど、それをバランスシートで表現されると軽い驚きを覚える。というのも地球上のモノの量は増えていないのに、どうして価値――流通するマネーの総量――が増えたかをバランスシートで簡単に説明してしまったからだ。つまりヒトが生み出す価値が増大した。あっ、そうかってなもんだ。そんなことわかってたといえば、わかってたんだろうけど、うまくイメージできてなかった。図で目にすると、驚いてしまう。

「強くなりたかったら、自分でコントロールできるものを増やせ」というのはたしかにそのとおりで、でもぼくみたいにコントロールできる割合を増やすためにコントロールできないものを捨てていったら何もかもコントロールできなくなりつつある――というのはある意味、冗談みたいな話だよなぁ。

2009年7月1日水曜日

はねトび 100円ショップ 梶原vs海老蔵

1コーナーで一時間近くやったほど、あまりにもおもしろかったのでメモ。

それにしても最後の梶原と海老蔵の勝負は象徴的だった。

最後に二品が残り、海老蔵と梶原、どちらかかを選ばなければ、という状況で、ひとつは高額商品でひとつは100円。それを海老蔵と梶原が選ぶ。ここまで海老蔵は全部100円。梶原は高額商品。結果は海老蔵の勝利だったのだが、塚地がその瞬間、呻く。ここは(梶原が)勝つと思ったのに~っ。

このセリフは、今まで全部高額商品だったのだから確率的に梶原が今回は100円でしょ、ということだろうが、これは確率を誤用した認識でしかない。どちらかの商品を選ぶ、という状況になった時点で確率は1/2にしかすぎないからだ。前回までがどうだったか、ということはまったく関係がなく、梶原が勝つ確率が高いというのはまったくの誤りなのだ。

で、実はギャンブルには唯一、必勝法と呼ばれるものがあって――それは「負け犬の逆を張れ」というやつで、そして、海老蔵が最後に品物を選ぶとき、梶原に選ばせていたのだ。これは本人は意識しての行動ではないだろうが、まさに「負け犬の逆を張れ」だ。よくよく思い出してみれば、海老蔵はつねに梶原の逆目を張っていた(梶原に無作為に選ばせたりとかして)。

そして、使い道の決まった金でギャンブルをやってはいけない、というやつもある。梶原、税金に納めなきゃいけないねん、という金を持ってきていた。これはギャンブル的にはアウトだ。

うーむ。凄い。
海老蔵はギャンブラーとしても一流だということだよなぁ、とギャンブラーとしては三流以下のぼくはとても感心してしまったのだった。

6月の体重



順調に体重が減少してますが、果たしてこれがいいことなのか……。
ダイエットしてないのに。

2009年6月29日月曜日

マルコム・グラッドウェル「天才! 成功する人々の法則」


マルコム・グラッドウェル「天才! 成功する人々の法則」

 シンクロニシティというか、この本を読む前につらつら考えていたことがある。

 ある人は才能があるとか、ないとか、人はいうけれど、実はそれは意味のないことではないか、と。才能がある、というとき、人は結果を見て事後的にそう判断しているだけだからだ。たとえ、結果をだしていない人間にたいして才能があるということがあってもそれが正しいかどうかなど、結果がでるまでわからないのだから。そうやって考えると、おれには才能があるんだ、とうぬぼれている人間にしろ、あの人は才能があるから、とやっかむ人間――ともになんの意味もない、とかなんとか。

 なのでこの本は実は「成功する人々の法則」ではない、と思うのだが。まぁ、それはおれが成功してない人間で、そのように読んでしまっただけかもしれない。成功している人間はこの本に、成功する法則を読みとるのかもしれない。一万時間の法則(一万時間をかければ、一流になれる)とかね。

 一万時間ねぇ……睡眠なら確実に一万時間超えているんだが。でもこれは睡眠なんか、一万時間超えていてもしかたがない、というよりだれもが、一万時間超えているからともいえるよな。つまり一万時間の法則も多数の人間が一万時間を超えることができない、という前提を必要とするわけだ。

 そう考えるとプロ棋士がパソコンで棋譜をすぐに検索できるという優位があっという間に無効になり(だれもがパソコンを使うので)、結局、その先が問題になる――という話と同じだ。きっとパソコンがなかったとき、トップクラスには一万時間が必要だったが、パソコンで棋譜が研究できる今も同じようにトップクラスに入るには一万時間が必要なのかもしれない。

 差を生み出すのが一万時間なのだろうか。

2009年6月28日日曜日

パソコンが壊れた

やべえ。
メインに使っているMacの電源が入らなくなった。
バックアップしてねえ。

PMU をリセットする方法もだめ。いきなりぷつんと電源が落ちたからなぁ。PMUが飛んだか、電源コードが断線したかだよなぁ……。

ショックでかすぎて立ち直れん。

2009年6月20日土曜日