伊藤計劃「The Indifference Engine」におさめられた「屍者の帝国」の遺稿の冒頭を読んだときには痺れた。まだ、未見のころだったが——今にして思えば、おそらく「SHERLOCK / シャーロック」のような味わいを期待していたのだろう。ワトソン、ヴァン・ヘルシング、フランケンシュタイン、etc……これだけ材料がそろっていて期待しない方がおかしかい。ところが遺稿を読み終えたときにはすこしばかり失望を覚えていた。アフガニスタン、Mの設定もいい——ところがいつもの伊藤計劃のスパイアクションものがはじまりそうだった。「虐殺器官」「ハーモニー」と読んで感じていたこと——むちゃくちゃおもしろいのに、何かしっくりこない……。好みとずれている、という思い。「ハーモニー」のラストなど、「それで?」と思わず、つぶやいてしまった。
だから——ある意味、故人には失礼かもしれないが——伊藤計劃の手で「屍者の帝国」が書かれなかったことは個人的には幸運だったかもしれない。伊藤計劃/円城塔「屍者の帝国」ではラストに涙ぐんでしまうほど、感動してしまったから。おそらく、このラストは伊藤計劃の手では書かれなかっただろうから。