2011年6月2日木曜日

ロバート・A・ハインライン「天翔る少女」


 ロバート・A・ハインラインって凄いな、と思ったのは「夏への扉」のことを思い出したときだった。読んでのは1982年のことだからもうずいぶん前のことだ。それをふと思い出し、当時はまったく気づいていなかったことに気づき、感銘を受けた。「夏への扉」はタイムトラベラーものの代表的な作品だけれど、よくあるパターンともいえる未来を知っている主人公が大金持ちになる、という展開がある。
 その方法がふるっていた、ということに気づいたのだ。
 「バックトゥザフューチャー」でもそうだけど、よくあるのがギャンブルで大儲けという手。ところが「夏への扉」はそうではなかった。なんと、株を買うのだ。ギャンブルと同じじゃん、と思うでしょう。ぼくも読んだ当時はそう思っていた。でもバートン・マルキール「ウォール街のランダムウォーカー」を読んだり、ウォーレン・バフェットや株のことを知った今は微妙にちがう感じを覚えた。
 ちょっとバートン・マルキールとハインライン、なんか似てね? とも。

 で、「天翔る少女」だ。
 この中でもハインラインの経済学者的な要素があって驚いた。出産についてだ。なんと「天翔る少女」の火星では(原題は「火星のポドケイン」)、若い頃に妊娠した胎児を冷凍保存し、経済的に安定したときに解凍して子どもを育てる、というのだ。これは妊娠するのは若いときがいいという生物学的理由――歳をとると精子の遺伝子のエラーの確率が増える――、しかし、そのときには普通、その頃の男女は子どもを育てるには経済的に苦しい、という状況を解決するための方法である。
 何が驚いたってこの内容はスティーヴン・D・レヴィット/スティーヴン・J・ダブナー「ヤバい経済学」の中にあるどうして黒人の犯罪発生率が減少したか、という考察と瓜二つの発想だからだ。
 あわてて「天翔る少女」の発刊日付を見ると、1958年。
 ハインラインの発想、すごすぎだろ。

 作品自体は小品と称すべきかもしれない。
 ラストのトムおじさんの科白に違和感を覚えた人も多いのではないだろうか。ぼくもそのひとり――解説にも似たことが書いてある――だったのだが、よくよく考えると、この科白はきわめて当然なのだ。というのもトムおじさんは次のような科白を述べているからだ。
「(中略)政治はけして悪ではない。政治は人類の最大の功績なんだ。よい政治ならすばらしいし……悪い政治でも……そこそこすばらしい」
     (中略)
「いいかい、政治というのは、そう戦わずして、事を処理するやり方のことをいうんだ。駆け引きをして、みんながみんな、自分だけ損をしているような気になったりもする。ところがな、うんざりするぐらい話し合っていると、どういうわけか、人の顔をぶん殴らなくても、応急処置的なことを考えつくんだよ。それが、政治だ。でなければもう顔をぶん殴る以外にいざこざを処置する方法はない……。そんな事態になるのは、片方か両方かが、話し合う気をなくしたときだ。だからわしは、悪い政治でもそこそこすばらしいというんだよ。政治に代わる手段は腕力だけで、そうなると深刻に傷つく者がでる」
 ということは何を差してトムおじさんがクラークはだめ、といっているのか、わかる。何が手遅れなのか、ということが。
 そう思い至ったとき、ずいぶんと「天翔る少女」の印象が変わった。